29.不良少女たち(1)

 今夜も義子とマリが鞄一杯に詰めて来た静子や京子、小夜子、そして桂子たちの美しくも淫らな姿を映した写真の束は歌舞伎町の裏通りのポルノ業者たちに、文字どおり羽根が生えるような勢いで捌けていった。
「もっとないんかいな。あるだけ置いていってくれ」
 葉桜団が最近専ら溜まり場にしているスナック『どん底』の向い側にあるポルノショップの中年の店主が、煙草のヤニで黄色くなった歯を剥き出しにして義子に懇願する。
「おっちゃん、悪いな。後は見本で置いてある分だけや」
「それでもかまへんで」
「そんなことしたら、うちら商売が出来んようになるやないか」
 義子は苦笑する。
「また近々持ってくるわ」
「なるべく早めに頼むで」
 店主の声を背中に聞きながら義子とマリは店を出る。
「まったく、商売とはいえうら若き乙女の入る店やないで」
 義子は「大人のおもちゃ」と書かれた毒々しい店の看板を振り返る。
「何がうら若き乙女よ」
「若い女ということは事実やないか」
「うら若き乙女っていうのは、美津子や美沙江みたいな娘のことをいうのよ。もっとも、美津子は乙女とは言えなくなったけどね」
「マリ、往来で名前を出すのはよくない。壁に耳あり、襖に目ありや」
「障子でしょう?」
「どっちでもええ。『どん底』へ入るで」
 義子とマリは地下のスナックへ向かう。
 店内にまだ客はおらず、顎髭を生やしたマスターが一人、グラスを磨いている。義子とマリはボックス席の一つに陣取る。
「とりあえずビール」
 マスターはうなずき、ビールの大瓶とグラスを二つ、二人の前に並べる。二人は互いのグラスに琥珀色のビールを注ぐとグラスをカチンと触れさせる。
「とりあえず今日も商売繁盛に乾杯や」
 義子はそう言うとグラスのビールを一気に飲み干す。
「だいぶ寒くなってきたけど、やっぱり口開けはビールやね。よう働いたから喉も渇いたし」
 義子は手酌でお代わりを注ぐ。
「しかし、どん底ってのはすごい名前だね。マスター、どうしてこんな名前にしたの?」
「何の仕事をしても失敗続きで、それこそ人生のどん底だった時に始めた店だからですよ」
 カウンターの内側のマスターが微笑しながら答える。
「ふーん、そうなんだ」
「このマスター、川田さんの友達やって、知ってた?」
「えっ? そうなの」
 マリが目を丸くする。
「若いころは川田さんと一緒にこのあたりでスケコマシをやってたみたいやで」
「へえ、人は見かけによらないものね」
「見かけによらない、ってのはひどいですね。川田さんほどじゃありませんが、髭がなかったころはこれでもそれなりにもてたものですよ」
 マスターは苦笑する。
「髭があってもなかなか男前や」
 2杯目のビールを飲み干した義子がからかう。
「一時店が苦しくなった時、助けてもらったし、川田さんには足を向けて寝られませんよ」
「だからここでは気を使わんで話が出来るんや」
 義子はニヤリと笑う。
「なるほど、そうなんだ」
「銀子姐さんはそんな話はしてくれんの?」
「昔のことは妹の私にもあまり話したがらないんだよ」
 そう言うとマリはグラスに残ったビールを飲み干す。
「そうそう、さっきの話だけど、そろそろポルノショップまわりの営業は森田組の若いのにやらせたら駄目なの?」
「うーん」
 義子は首をひねる。
「マリは昔の話はあまり聞かされてへんといったけど、葉桜団に銀子姐さんと朱美姐さん、それに私の3人しかいなかったころは、自分がモデルになった写真を売って歩いていたんや」
「本当?」
 マリは驚いて義子の顔を見る。
「もちろん今みたいには売れんかったから、色々と工夫をしたんや。きわどい姿で店の売り子の手伝いをしたり、時々得意客を集めてショーを見せてあげたり」
「ショーって、どんな?」
「別に難しいものはやってへん。銀子姐さんと朱美姐さんのストリップやら、レズショーなんかや。あたいはもっぱら司会役やったけど、時々は脱いだで。3人でからんだこともあったなあ。あれはなかなかうけた」
 義子は何かを思い出したようにクスクス笑い出す。
「その時の経験が今、小夜子や美津子の調教に生きてる、ってわけや」
「あの姉さんがねえ」
「そんなあたいたちの写真の制作を川田さんを通して森田組につないでくれたのがここのマスターや」
「そうなんだ……」
 銀子とマリの姉妹は空襲で両親を失っている。姉妹二人はガード下で極貧の少女時代を過ごしたが、ある時から銀子は定期的に金を稼ぐようになったのだ。
 マリは姉がどうやって金を得ているのか訝しく思っていたが、尋ねても言葉を濁すため深く追求することはなかった。
 銀子の稼ぎの裏にはそんな事情があったのかと、マリは永年の疑問が氷解する思いだった。
「あたいたちは森田組からモデル料以外に、売上ごとに歩合をもらう取り決めをした。そのやり方をした方は売り子のあたいたちもやる気が出るし、店の方もモデル本人が営業に来たというので、面白がって買ってくれるところもある」
「今はもちろんあたいたちはモデルはやらないけれど、森田組から売上の歩合はもらっている。もちろん自分たちがモデルになることはないから、歩合の率は下がった。だけど逆にそのころとは売上が全然違うから。あたいたちの手取りはむしろ増えている」
「あたいたちはこの仕事は出来たらやめたくないんだ。それはもちろんお金のことが一番大きな理由なんは確かやけどね」
 要するに銀子や朱美、そして義子は自分たちが困窮している時に始めた秘密写真販売の仕事に愛着のようなものがあり、手放したくないのだろう、とマリは納得する。
 確かに今日の売上にも見られる通り、森田組製作の秘密写真は同業者の商品とはモデルの質も違えば、機材などにかけている金も桁が違う。静子夫人や小夜子、京子などの抜群の素材を得たせいもあるが、組長の森田幹造がこの手の商売の才能があったことが大きい。
 その森田のスポンサーになっているのが田代である。田代はどうして森田に金を出しているのだろうか。何がそのきっかけになったのだろうか。
「それはあたいも知らんわ。興味もないし」
 マリの疑問に義子が首を振るが、すぐに声を潜める。
「ただ、田代社長は相当、筋金入りの変態ってことだけは確かやね」
「森田親分と趣味があった、てこと?」
「森田親分はこういった商売が上手やね。見ていて感心するわ」
 義子はビール瓶が空になったことに気づくと、マスターに追加を頼む。

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