30.不良少女たち(2)

 森田組の発展は組長の森田幹造と、不動産業を営む実業家の田代一平の出会いに端を発する。
田代の屋敷は東京の郊外、といっても名ばかりは東京都だが10分ほど車を走らせればすぐに隣県に着くほどの辺鄙な場所にある。鉄道の便も悪く廻りには住宅は殆ど存在しない。昭和30年代の後半を迎えた現在でも全くの田舎といって良い。
田代はこの場所に鉄筋3階建て、地下室付きのまるで城のような屋敷を拵えた。
周囲は鬱蒼とした林に囲まれており、少し離れた場所から眺めると、そこに屋敷があるなどとは思えないほどである。
場所が場所なので土地は思いきり安く買い叩いた。また田代の本職が土建屋でもあり、屋敷の建造費も最少限でおさめることが出来た。
もちろんこの場所では本業の事務所とするわけにはいかず、田代は週に3日ほどは東京の事務所に寝泊まりして仕事を片づけ、そして週の後半になると屋敷に帰って書類仕事の整理をするといった日々が続いている。
田代は現在は妻もいない孤独の身である。その彼が何故、こんな田舎に大きな屋敷を構えたのかと、仕事仲間の中には訝しげに思うものも多かった。
実は田代はこの屋敷を家族でも会社関係者でもない人間に提供していた。それが森田幹造を組長とする暴力団、森田組である。
田代は商売柄その筋の人間との付き合いも多い。しかし田代がその中でも組員がチンピラと呼ばれる準構成員を入れても10人程度という暴力団としては最弱小の森田組のスポンサーになっているのには理由がある。
森田組は一応土木業を看板に掲げ、かつては暴力団としてもそれなりの勢いがあった。田代との付き合いも昔、田代が若い頃に工事代金の支払いに行き詰まったとき、下請業者として付き合いのあった森田が岩崎組という関西の広域暴力団に口を利き、援助を取り付けたことに発する。
その後、森田の組は徐々に落ち目になったが、田代はその時の森田の好意を恩義に感じ、ずっと援助していた。
ある日森田は田代を、下請けとして受注した工事のお礼という名目で小料理屋に誘った。大して旨くない料理が一巡した後、料理屋の個室で森田はポケットに入れていた封筒を取りだした。
「ところで田代の旦那」
森田はこういういかにも田舎やくざといった、時代がかった話し方をする。
「最近はこっちの方が儲かるんで、もうちょっと大々的にやろうかと思っているところですが――」
森田が取りだしたのはいわゆる秘密写真と呼ばれるもので、男女のそのものずばりの交接図だった。
「ふん」
田代もそんな写真は以前にも何度も見たことがあり、見たところぱっとしない森田組の事業(シノギ)が、今や秘密写真やポルノフィルムの制作が主なところであると聞いてもさほど驚かなかったが、その卑猥な写真には新鮮な印象を抱いた。
「こういう写真のモデルは普通は、一線を引いたストリッパーやら温泉芸者なんかのふやけた身体をした玄人崩れの女が多いんですが、うちの写真は違うでしょう、どうです?」
森田の言う通り、確かにどの写真のモデルも若く、初々しささえ感じられた。モデルの女たちは決して美人ではない。いや、どちらかというと不美人の部類が多いが、素人っぽさを感じさせるそれらは他の同種の写真では見られないものだった。
「このモデル達は誰だ? どうやって集めたんだ?」
田代は渡された写真を一枚一枚丁寧に見ながら森田に尋ねた。
「川田という新宿を根城にしている愚連隊崩れのスケコマシと、うちの井上がひょんなことで知り合いになりましてね」
井上は吉沢と並ぶ森田組の幹部の一人で、主に森田組の秘密写真やポルノフィルム制作事業を担当している。機械に強く、実際の撮影にあたってはカメラマン兼監督の役割を勤め、さらに準構成員であるチンピラを指揮して繁華街や温泉街の酔客に売りさばいていた。
「この川田が葉桜団の女たちと付き合いがありまして」
「葉桜団?」
「やはり新宿を根城にしているズベ公達です。ほとんどは戦争で片親か両親を亡くした、いわゆる戦災孤児ってやつですわ。こいつらが寄り集まって生きていくうちに次第に悪さもするようになって、今はやっていることは男の私達も顔負けでさあ」
戦争が終わって約15年、葉桜団の女たちは大部分が10代後半から20歳前だそうだから終戦時にはほんの幼児である。年頃から見て彼女たちの世代の父親の大部分は徴兵され、その多くは帰ってこなかったろう。そしてあの東京大空襲――。
「このスベ公達が田舎出の女を言葉巧みにだまくらかして、うちに送り込んでくる、ってわけでさあ――」
「するとやはりこの卑猥な写真のモデル達は素人か。不良少女の集団にしちゃあなかなか大胆なことをするもんだ」
「なに、適当に稼いだらモデルの女たちには小遣いを持たせて返してやります。サツにたれこむようなことがあれば、田舎の親や親戚に写真を送るぞと脅しつけてやれば、恥ずかしいのと恐ろしいので後で面倒なことになることはありませんや」
「成る程な。それにしても自分たちのことを葉桜団と名乗るとはユーモアを解する連中だ」
田代は感心したように頷く。
「これとこの写真は、その葉桜団のズベ公たちがモデルでさあ」
森田は何枚かの写真を指さす。それは二人ずつの若い女が素っ裸で絡み合っているもので、同性愛を思わせる妖しい雰囲気が目を引いた。
「適当な女が見つからなければ自分たちがモデルに早変わりってわけか。なかなか度胸のある連中だ」
田代は手に持ったビールのグラスをあおる。
「で、大々的にやるってのは、どうするんだ?」
「そこなんで」
森田はすかさず田代の空になったグラスにビールを注ぐ。
「写真やポルノフィルムを撮影するにも、今の事務所は機材の置場所にも困るし、撮影場所も連れこみ旅館ばっかりじゃあ変化がありません。第一、モデルの女を監禁……いや、泊めておく場所にも不自由してます」
「ふん――」
田代は再びビールをあおる。
「スポンサーの力を、ってことだな」
「へへ、まあ、そういうことで」
田代はやや卑屈な笑みを浮かべる森田の顔を眺める。
(随分、年齢を食ったもんだ)
森田との付き合いももう何年になるだろう。やくざものとしては二流以下のこの男とは妙にウマが合う。田代がいつか酒に酔って自分の変質的な嗜好を話したときも、森田は、へえ、社長もそうですかい、実はあっしもその気があるんで、と興味津々の様子で話に乗ってきた。
そのころから田代は森田に対して、人には言えない趣味を話すことが出来る貴重な存在になっている。もっとも田代の見たところ森田自身には、プロデューサーとしての才能はあるが、嗜虐趣味の方はそれほどでもない。もちろん人並み以上の女好きであることは否定出来ないが。
「わかった、親分のその新しい事業、応援してやろうじゃないか」
「本当ですかい? そりゃあ有り難い」
「ただし、条件といっては何だが……」
田代は誰にも聞こえる心配のない座敷で声を潜めた。

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