津村の部屋を出た義子とマリは、廊下を渡って奥座敷へと向かう。
襖を開くと、さきほどの男同士の愛欲の部屋とはまた違った、むっとするような女の汗の臭いが立ち込めているのが分かる。
関西の大物やくざ、岩崎大五郎を迎えて開催される次回の秘密ショーの主要な出し物である、京子と小夜子によるレズビアンショーの調教が開始されていたのである。
23歳の京子と22歳の小夜子は、共に成熟した素っ裸を厳しく緊縛されて奥座敷の中央に向かい合って立たされている。二人の裸身は天井に取り付けられた滑車から垂らされている縄で固定されている。
それを取り囲むようにしているのは調教師の鬼源、朱美と悦子、そしてチンピラの竹田と堀川の五人である。葉桜団の首領である銀子の姿はなぜかその場には見当たらなかった。
京子はショーの手順を念を押すように繰り返す鬼源の言葉に哀しげな表情で頷きながら、隣の小夜子の方をちらと見る。
京子は、今夜この奥座敷で出会うまで村瀬小夜子とは面識がなかった。妹の美津子のボーイフレンドであり、小夜子の弟である文夫とは会ったことがあるものの、小夜子については「文夫さんには凄く奇麗なお姉さんがいる」ということを美津子から聞いて知っていたに過ぎない。
文夫自身がギリシア彫刻を連想させる美少年だが、小夜子もまた弟に良く似た容貌の、均整の取れた肉体をもつ素晴らしい美女であることに京子は驚いた。
「京子は小夜子とは初対面だったかな」
ショーの口上の言葉を言い含めた鬼源が京子に声をかける。
「京子の妹と小夜子の弟は、お互い息のぴったり合った実演コンビだったんだから、姉同士も仲良くなってくれないと困るぜ」
鬼源がたくましいばかりに張り出した京子のヒップと、桃のように形の良い小夜子のヒップをパシンと叩いて言う。
「京子も小夜子も静子夫人とはレズビアンのプレイを演じたことがあるでしょう」
朱美の言葉に京子と小夜子は同時に、はっと顔を上げた。
京子は静子夫人の救出を目的として森田組に潜入して失敗し、捕らえられてすぐ、静子夫人とレズビアンのコンビを組まされたことがある。
女学生のころから男勝りであった京子は、同性から告白を受けることも多かった。しかしながら京子はそんな少女小説のような恋人ごっこにはまったく興味を持てなかった。
しかしながら京子は静子夫人の類い稀なる美貌と優しさ、そしてその吸い付くような柔肌の魅力に心を奪われたのだ。
あの頃の地獄のような日々の中での唯一の救いが、強制されたこととはいえ、静子夫人との一時の同性愛プレイに我を忘れておぼれることだった。
小夜子も同様に、かねてから憧憬の思いを抱いていた、日本舞踊の師匠でもある静子夫人によって甘いレズの調教を受け、夫人のことを自ら進んで「おねえさま」と呼ぶまでになっている。今や静子は小夜子にとって、恋人の内村以上に心を占める存在だった。
「お二人は静子夫人をはさんで恋敵、いえ、竿姉妹とでもいうべきかしら」
朱美が面白そうに笑うと、京子と小夜子は頬を染めてうつむく。
「でも、これからはそんなお二人が仲の良い同性愛の恋人になってもらわないと困るわ」
京子は羞恥と屈辱に身を震わせる。互いに清純な思いを抱きあった男女の姉と姉を、爛れた同性愛の恋人同士にする。ごく自然で正常な人間関係を変質的なものに転換させようという悪趣味。ああ、いつまで自分たちは悪魔の思い付きや気まぐれに翻弄されなければならないのか。
「し、静子お姉様は今、どうなさっているのですか」
小夜子が意を決したように顔をあげて尋ねる。
「静子お姉様? ああ、静子夫人ならめでたく人工授精が成功し、今は安定期に入るまで休息を取っているわ」
「えっ」
京子が驚きの声をあげる。
「あら、京子には言ってなかったかしら?」
朱美がとぼけたような声を出す。
「そういえば京子はここのところずっと、美津子とのレズの調教以外は春太郎と夏次郎の二人と部屋に籠りっぱなしだったわね。静子夫人はかねてからのご希望どおり、人工授精の手術をお受けになったのよ」
あまりのことに京子は顔を引きつらせる。
「医者の山内先生が横須賀あたりでたむろしている不良外人の子種を静子夫人に植え付けてくれたのよ。とびきりハンサムな男のものを選んでくれたそうだから、十月十日後にどんな赤ちゃんが産まれるか、今から楽しみだわ」
朱美はそう言うとケラケラ笑い出す。
「京子も希望するのなら手術を受けさせてあげるわよ。このままじゃあの気持ち悪いシスターボーイの子供を孕んじゃうわよ」
「おいおい、気持ち悪いってのは言い過ぎだ」
鬼源が苦笑しながら朱美をたしなめる。
「それに静子夫人に続いて京子まで妊娠してしまうと、ショーがもたねえ。せめて珠江が使えるようになるまで待ってもらわないとな」
「あら、残念ね。子供でも産ませると多少は京子も女らしくなるんじゃないかと思ったんだけど」
どこまで本気なのか、朱美はニヤニヤ笑いながら京子の顔をじっと見つめる。
「あら、義子とマリじゃない」
扉の近くで義子とマリがぼんやり立っているのを見た朱美は、二人に声をかける。
「そんなところに突っ立っていないで、入っておいでよ」
「へへ、すんまへん」
義子とマリは笑いながら奥座敷の中央に進み出る。
「調教の手が足りないんじゃないかと思ってね」
「確かに忙しいけれど、今日はあんたたちも外で商売して来たんだろう?」
「へえ、そのことでちょっと相談したいこともあるんですが」
「それなら、この調教が終われば銀子姐さんを含め、五人そろって手が空くからその時に話そう」
朱美は暗い表情をして部屋の隅のあたりに立っている悦子の方をちらと見る。
「ところでその、手に持っているものはなんだ?」
「ああ」
マリは笑いながら、小声で鬼源に説明する。
「そいつは傑作だ。早速この後の調教に使わせてもらうぜ」
鬼源はマリの持ったコップを受け取ると、朱美に手渡す。
「二人は疲れているところ悪いが、竹田と堀川と一緒にショーの見物人役をやってくんな」
「そのつもりだよ」
義子とマリはそう言うと、奥座敷の隅にある空の木箱を引き寄せ、椅子代わりにして座り込む。
「さ、早速お稽古を始めるぜ。二人とももうベテランなんだから、いまさらモジモジしてちゃあ駄目だ」
鬼源に声をかけられた京子はピンク、小夜子はオレンジの扇情的なバタフライを身につけ、座敷の奥に設けられた仮設の舞台に立っている。調教は今し方美津子と文夫のコンビによる白黒ショーが終わった後という設定である。
「さ、小夜子さん、いいわね。もう恥ずかしがっていてもどうしようもないわ」
「わ、わかっています。京子さん」
京子と小夜子は互いの覚悟を確かめるかのようにそう声を掛け合うと同時に顔を前に向け、鬼源から教え込まれた屈辱的な台詞を述べはじめる。