「久美ちゃんはどうする? 良かったら若い男を紹介するわよ」
 マリが久美子を見ながら声をかける。
「私は、遠慮しておくわ」
「そう」
 久美子があわてて手を振るとマリはあっさり引き下がる。
「彼氏に操を立てているんやろ」
 義子のからかいに、久美子は曖昧な笑みで答える。
「それじゃあ、せっかくだから私達と少し飲みながら待っていましょうよ。こちらの奥様方も泊まるのはまずいのでしょう? 終わったら一緒に送ってあげるわ」
「そうね」
 ひょっとして、このまま美紀と絹代があの二人のどことなくやくざっぽい男たちに抱かれたとしても、その後無事に送り返してくれるのではないかと久美子は考える。
(いや、それは甘すぎる)
 美紀も絹代も、それぞれ実際の年齢が信じられないほどの若々しい美貌である。それほどの獲物を誘拐犯がこのまま返す可能性は極めて低い。
(それならやはり、彼女たちと飲んでいる間に隙を見て抜け出し、お兄さんに電話するしかない。屋敷までの道順はだいたいだけれど分かっている。これにさっきのタクシーのナンバーを伝えれば――)
 久美子はそう思い定める。
 二人の男に連れられて美紀と絹代が応接間を出る。美紀が久美子の方をちらと見て、頼んだわよと言うふうに頷きかける。久美子が頷き返した時二人の姿が部屋から消え、扉が閉まる。

「悪いけどあたいたちはちょっと用事を片付けてくるわ。最近やたらと忙しいんや」
「それまで悦子が相手をするから飲みながら待ってて」
 義子とマリはそう言うと部屋を出る。応接の中は悦子と久美子だけになる。
 悦子がビールとつまみ、そしてグラスを二つテーブルに置く。
(チャンスだわ)
 確かこの応接に通される途中の廊下に電話が置かれていた。あれを使って兄さんに連絡すれば――。久美子ははやる心を押さえながら、思い切って悦子に声をかける。
「悦子さん、私、お手洗いに行きたいんだけれど」
「あ、ごめんなさい。気が付かなかったわ。案内してあげる」
「だ、大丈夫よ、場所を教えてくれれば一人で行けるわ」
「そう」
 悦子は久美子をじっと見ながら頷く。
「扉を出て右に曲がり、廊下をずっと歩いてもう一度右に曲がったところの突き当たりよ」
「そう、ありがとう」
 久美子が腰を浮かそうとする。
「あ、それともう一つ」
 悦子が久美子を呼び止める。
「廊下にある電話は使わない方が良いわ。盗聴されているから」
「えっ」
 久美子は驚きに顔を引きつらせる。
「久美ちゃんは小林久美子って言ったわね。本当の名前はなんていうの?」
「――ど、どういう意味かしら」
「あの夏子って女の人、小夜子さんにそっくりだわ。小夜子さんにお姉さんがいたの?」
「言っている意味が分からないわ。小夜子さんって誰のこと? 夏子さんはある名門レストランの社長夫人で――」
「隠さなくていいのよ、久美ちゃん。あなた、ここに誘拐されている人達を助けに来たんでしょう? 京子さんと同じで山崎探偵の助手か何かかしら?」
(見破られている――)
 久美子は背筋に寒気が走るのが感じる。
 思い切ってこのまま悦子を柔道の技を使って締め落とし、血路を開いて屋敷を抜け出すか。久美子は思い詰めて悦子を睨みつける。
「そんな怖い顔をしないで、私は敵じゃないわ。小夜子さんたちが救われるのなら救って欲しいの。それが静子夫人の願いだと思うから」
「――」
「私も一度静子夫人を助けようと思ったのだけれど失敗してしまった。それ以来警戒されて、一人で外に出ることが出来なくなったの。それで私は最近はもっぱら静子夫人のお世話をしているのよ」
「静子夫人は自分が助け出されることはもうあきらめているけれど、若い小夜子さんや美沙江さん達が自分の代わりにこれ以上酷い目にあうことは耐えられないと思っている」
(本当なのか)
 悦子が本心からそんなことを言っているかどうかわからない。かといってもはや隠していても無駄だ。久美子は悦子の顔をじっと見ながら口を開く。
「私は山崎の妹なの」
「そんなところだと思ったわ」
 悦子は無表情な顔付きでうなずく。
「屋敷から出て道を左に歩くと間もなく大きな道に出る。そこを1キロほど右へ行くと道沿いに公衆電話があるから、そこから連絡がとれるわ」
「ありがとう、悦子さん」
「早く行って。私は久美ちゃんがお手洗いに行って戻ってこないということにしておくわ。義子たちが戻って来て、車を使って捜し始めたら万事窮すだわから」
「わかった、ありがとう」
 久美子が頷く。
 そうと分かれば愚図愚図してはいられない。久美子はそっと廊下に出ると、玄関に向かう。途中幸い誰にも出くわさずに外に出た久美子は音を立てないように門扉を閉める。そして悦子に教えられたとおり足音を立てないように左に歩き、広い道に出ると公衆電話に向かって走りだす。
 やがて悦子が言った通り公衆電話の明かりが見える。久美子はボックスの中に飛び込むと山崎探偵事務所のダイヤルを回す。
(はい、山崎です)
「お兄さん、久美子です」
(久美子か? 今どこだ)
「葉桜団の女たちに誘拐犯のアジトと思われる大きな屋敷に連れ込まれたんだけど、隙を見て逃げて来たの」
(静子夫人たちが監禁されている証拠は掴んだのか?)
「そこまでは出来なかったけれど、葉桜団の中に悦子さんという協力者が見つかったわ。彼女なら証言してくれると思う」
(よくやった、久美子。そこの場所を教えてくれ。すぐに救出に向かう)
「それが……よく分からないの。新宿から三鷹まで走ったところまでは分かったのだけれど、途中抜け道を使われて」
(今はどこから電話をしているんだ)
「大きな道沿いの公衆電話よ」
(目印になるようなものはないか?)
「暗くて良く見えないけど、回りには大きな建物はないわ。さっきから車も全然通らないし」
(久美子、落ち着いて考えろ。何か手掛かりがあるはずだ)