私は翌日、会社には医者に立ち寄ると連絡して春日に会うことにしました。
 今回は会社の近くの喫茶店は避け、駅の近くの公園に春日を呼び出しました。朝の公園は人も少なく、周囲に話を聞かれる心配がありません。
 春日はほぼ時間どおりに、中年太りの身体を揺すりながらやって来ました。
「どうも、わざわざ近くまで来ていただいて申し訳ありません。本来なら私の方が出向かなければならないところですのに」
 春日は深々と頭を下げます。あくまで低姿勢です。
「いえ、会社に行く途中ですから」
 私はうなずき、本題に入ります。
「メールは全部読ませていただきました」
「そうですか」
「確かにあそこからは、妻はあなたに対する気持ちはないようだし、あなたも同様だと読める」
「はい」
「春日さん」
 私は春日の目を真正面から見据えました。
「あなたは、本当に妻を愛していなかったのですか?」
「えっ」
 春日の目にわずかな動揺が走りました。
「ですから……それは」
「本当のことを言ってください」
「……」
 私の追求に春日はうつむきました。
「……愛していました」
 春日は小さな声で答えました。
「私は結婚に失敗して以来、色んな女をとっかえひっかえして遊んで来たのは本当です。出来るだけきれいに遊んで来たつもりですし、人妻に手を出して修羅場になったこともありますが、きちんと慰謝料を払ってなんとかおさめて来ました。前にも話しましたがこれは私の性癖のようなもので、治らないと思っていました」
「旦那との性生活に悩んでいる何人かの人妻の相談にのって、実地指導付きのセックスカウンセリングまがいのことをやったのも事実です。私としては人助けをしているような気分になっていました。そんな人妻の中に奥さんの友人がいて、始めはその人経由で奥さんの相談を受けました」
 小夜子さんのことだろうか、と私はふと考えました。
「だから奥さんとの関係も、最初はそれまでの人妻たちと全く変わることはなかったです。ただ、何度かメールをやり取りしているうちに、奥さんが他の人妻と全然違うことが分かりました」
「他の人妻は旦那とのセックスの問題を解決すると言いながら、実際は私とのセックスについても興味津々でした。旦那も遊んでいるのだから、私もこの機会に楽しんで見たいという気持ちが見え見えでした。ですが、奥さんについては全くそういうことがなく、私からそういった話題を振っても決してのってくることはありませんでした」
 確かにメールでの妻の対応はそうでした。
「しかし、妻は私も風俗で遊んでいるのだからお互い様だといっていたぞ」
「それは私が言っていたことをそのまま言っているだけで、本心ではないと思います。奥さんはご主人が風俗にはまることそのものが自分のせいだといって、深く悩んでいました」
 私は昨日、妻がテーブルにこぼした涙のことを思い出していました。
「私は次第に、奥さんを自分のものにしたいという欲求にとらわれ始めました。それでエクスタシーを得るために必要なプロセスだと説得して奥さんに私の名を呼ばせて、愛していると言わせているうちに、奥さんも本当は私を愛してくれているのではないかと錯覚し始めました。しかしそれとは逆に、奥さんがご主人との行為でエクスタシーを感じるようになってからは、奥さんは私との行為の中でも、時々感極まってご主人の名前を呼ぶようになりました」
「そんなことは……ビデオには……」
「後で見るとつらくなるので編集して全部カットしています。その場面をお見せしても良いですよ」
 春日は寂しそうに言いました。
「どんどん奥さんの気持ちが離れて行く――いえ、始めから私のところにはなかったかもしれないのですが――そう思った私は卒業旅行だと言って奥さんを温泉に連れ出すことにしました。少々のことでご主人に対する気持ちが揺れないかテストすると適当な理由を付け、2日間春日紀美子としてふるまえという私の言葉を奥さんは疑いもしませんでした。私にはなんとかこの2日で、奥さんに最高の快楽を経験させることによって、奥さんを自分のものに出来ないかと考えていました」
「近くの公園で露出させたのは?」
「最初にそこまで経験させることでショックを与えようとしたのです。奥さんはもちろん抵抗しましたが、なんとか説得しました。もちろん周囲に人がいないことを十分確認して撮影しましたが、あれは悪乗りだったと思います。申し訳ありません」
 春日は頭を下げました。
「旅行の初日とその夜で、私はありとあらゆるテクニックを駆使して、奥さんを自分のものにしようと思いました。しかしついにそれは果たせませんでした」
「そんなことはないだろう。妻は春日紀美子として振る舞い、春日紀美子として……」
 何度もイッていたぞ、という言葉を私は呑み込みました。
「あれは編集です」
「何?」
「旅館での夜、奥さんがその……イク場面を集めたもの、あれは編集なんです」
「編集なのは分かっている。実際は一晩かかったのだろうからな」
「違うんです。いや、それも編集ですが、奥さんがイク時に叫んでいる声、それが編集、いや合成なんです」
「どういうことだ」
 私は春日が言っていることの意味が分かりませんでした。
「最初の1、2回は別にして、奥さんは訳が分からなくなってくるとイク時にご主人の名前を呼ばれました」
「えっ」
「私はそれが口惜しくて、後で本当の声の上に、私の妻である春日紀美子としてイク、と叫ぶ声を重ねました」
「本当か」
「ちょっと見たり聞いたりするだけでは分かりません。私はビデオの編集にかけてはプロ並ですからね。でも、専門家が見ればたちどころに合成や編集だとわかります」
「……」
「他にもビデオにはいろいろな箇所に編集が施されています。要するにあれは奥さんの本当の姿ではなく、私の願望が混じったものです」
「私は若いころからずっと色々な女性遍歴を重ねて来ました。結婚に付いてはあきらめていたつもりでした。でも、この年になってこれからもこんな生活を続けるのか、年老いて一人になったらどうするのかと思うと急に焦りと、恐怖のようなものを感じるようになりました」
「紀美子さんに出会い、理想の妻というのはまさにこんな人かと思いました。セックスについては奥手でしたが、開発していくうちに素晴らしい肉体をもっていることも分かりました。まさに名器といって良いと思います」
「ご主人のご指摘どおりです。私は奥さんを愛していました。自分のものにしたいと思いました。でも、それが無理だと分かった以上、未練がましく追いかけるつもりはありません」