(……!)
 姿見に映った自分の姿を目にした久美子は思わず絶句する。光沢のあるピンクのベビードールは薄い布越しに乳首がはっきりと透けて見え、何とも言えぬ卑猥さである。そんな衣装を身にまとっている姿が自分だとは俄に信じられないほどである。
 美紀と絹代が身にまとったベビードールはさらに扇情的であり、それぞれ赤と黒のレース越しに素肌がはっきりと透けて見え、二人の人妻はべそをかきそうな顔付きになっているのだ。
「いいかい、これから熊沢親分の座敷に出てもらうけれど、あんたたち三人は、刺激を求めに来た有閑婦人とそれを仲介した不良娘という役割を演じるんだ」
「えっ」
 銀子の意外な言葉に久美子は絶句する。美紀と絹代も、当惑したように顔を見合わせている。
「最初の打ち合わせどおり、この場では奥さんは夏子、そっちの奥さんは冬子と名乗るんだ。いいね?」
「ど、どうしてそんなことを……」
「おや、本名を名乗った方が良いのかい?」
 美紀は戸惑って久美子の方を見る。久美子は必死で頭を回転させる。
 美紀と絹代が小夜子や美沙江の救出のために身体を張ったこの囮作戦は、久美子と山崎の連絡が着いた時点で当初の目的を果たしたと言って良い。
 もはや自分たちの正体は露見しているのだし、後は山崎が助けに来るのを待つだけだから、ここで本名を隠す必要はないのではないか。
(いや、そうとも言えない)
 久美子は、赤いベビードールの薄い生地から透けて見える美紀夫人の豊満な乳房と、黒いベビードール越しに見える絹代夫人の形の良い乳房を順に身ながらそう考える。
 銀子たちの話ではここにいる熊沢組は、静子夫人たちの誘拐の主犯である「森田組」ではなく、ただの取引先に過ぎないようだ。仮に当局によって森田組やその関係者たちが一網打尽になったとしても、彼らにどれほどの罪が及ぶかは何とも言えない。森田組から仕入れた秘密写真や映画によって利益を得たとしても、それによって猥褻物頒布罪等にはあたるかもしれないが、モデルとなった女が誘拐されていたことなど知らなかったと抗弁すれば、さほど大きな罪にはならないのではないか。
 むしろ美紀や絹代の身元が知れることにより、後日脅迫めいた目に遭う危険の方が高いのではないか。
 それと、こちらの方が大きな問題だが、絹代が珠江夫人と直に顔を会わせた時に、果たして互いに平静を保てるかという懸念がある。取り乱してその場を混乱させるよりは互いに知らない顔をしていた方が、有効に時間を稼げるではないか。
「わかりました、そうしましょう」
 久美子が銀子に承諾の返事をする。
「久美子さん……」
 美紀が困惑したように久美子を見る。絹代もまた不安そうな視線を久美子に向けている。
「もうすぐ助け出されるのが分かっていながら、無闇に正体を明かす必要はありません。それに、絹代さんと珠江夫人は他人のふりをしていた方がお互いに気が楽だと思うのです」
「……そうですわね」
 美紀は少し考えて頷く。絹代も釣られたように同意する。
「美紀さんと珠江夫人は面識があるのですか?」
「いえ、私はお花の方は疎くて――何かの会合で二、三度お目にかかっただけです」
「すると問題は絹代さんですね」
 絹代はそこで先程の静子夫人や、京子と美津子の姉妹の痴態を思い出したのか。その不安げな表情に朱がさしたような赤みが広がって行く。
「相談はまとまったかい?」
「はい」
 銀子の問いに久美子が答える。
「それじゃあいいね、いくよ」
 銀子が促すと久美子は決然としたように歩きだす。美紀と絹代がその後に続く。
「おまえたち二人はここまでだよ」
 義子と共について行こうとした友子と直江に向かって銀子が振り向いて言う。
「えっ、どうしてですか」
「あたいたちも珠江夫人と奥さんの対面の場を見たいわ」
 口をとがらせる友子と直江に、義子が呆れたように言う。
「おまえたち二人がいたら、この奥さんと珠江夫人は他人のふりなんか出来ないやろ」
 そう義子に言われてもぶつぶつ不平めいたことを呟いている友子と直江を、銀子が手招きすると何事か耳元に囁く。
「……ということさ……いいね」
「わかりました」
 友子と直江は同時ににやりと淫靡な笑みを浮かべると、久美子と絹代にちらちらと視線を送る。そんなズベ公たちの様子に不気味なものを感じる久美子をよそに、友子と直江は「それじゃ奥さん、頑張るんやで」と絹代の尻をパシッと叩き、その場を立ち去る。
 熊沢たちがいる座敷の前に立った銀子は振り返ると、念を押すように美紀と絹代に向かって言う。
「いいね、奥さん二人は暇を持て余して男漁りに来た色好みの有閑夫人を演じるんだってこと、わかっているね」
 久美子の顔が思わず怒りと屈辱に染まる。すかさず銀子が釘を刺すように久美子に視線を向ける。
「これはもともとあんたたちが言って来たことだ。自分で言い出したことだから、責任を取ってせいぜい巧くそれぞれの役割を演じるんだよ」
「……わかりました」
 美紀と絹代が答えるのを見た義子がわざと呆れたような声を出す。
「何を情けない顔をしているんや。お客様の前では笑顔、笑顔を忘れたらあかんで。ほら、笑ってみ」
 美紀と絹代がぎこちない笑顔を作るのを銀子はさもおかしげに眺めていたが、やがて久美子に目を向ける。
「久美子、何をしているんだい。あんたも笑顔を作ってみい」
「えっ……」
「久美子も熊沢親分たちの接待役をやるんだよ。久美子についてもいつも歌舞伎町で男漁りをしていて、お金次第で誰にでも股を開くだけでなく、SMプレイにも興味津々な不良娘と紹介しているんだ」
「そ、そんな……」
 あまりのことに久美子は絶句する。
「これも私たちに取り入るために久美子が演じて来た役割と対して差がないだろう。自分で蒔いた種は自分で刈ってもらうよ」
 ほら、笑ってみなと銀子に詰め寄られ、久美子は根負けしたようにぎこちない笑顔を作る。
「山崎の妹も笑うとなかなか可愛いじゃないか。十分商売物になるよ」
 銀子はそう言って義子と笑い合う。
「いいかい、久美子が山崎の手先だってことが熊沢親分にばれたらどうなるかわからないよ。熊沢親分は普段はおとなしいが、怒らせるとそれこそ熊のように怖いんだ。奥さん達の指の一本や二本詰めるくらいじゃあすまないからね」
「指を詰めるって、どういう意味ですか?」