いや、それだけではない。本心かどうかはともかくとして、京子ははっきりと山崎に対する裏切りの言葉を吐いたのだ。
 恐ろしい誘拐犯からどんな目にあっても、たとえ身体は屈することがあっても心まで屈することはないはずだ。いや、屈しないで欲しいというのが山崎が京子に期待したことだった。しかしながら今、京子は悪魔たちに心から屈服したかに見えるのだ。
「もう山崎のことは愛していないんだね?」
 マリが念を押すように問いかけると、京子は「は、ハイっ」と返事をする。
「山崎さんのことは愛していません。きょ、京子が愛しているのはジョニーだけですわっ」
 そこまで口にすると京子は感極まったように「ああっ」という声を上げる。
「じょ、ジョニー」
 京子に呼びかけられたジョニーは、ヤニで黄色くなった歯を剥き出しにしてニヤリと笑う。
「Please hold me, love me, and make me come」
「オーケー」
 ジョニーがいっそう激しく京子を責め立てる。再び頂上近くに追い上げられた京子は「あっ、あっ、ま、またいきそうっ!」と切羽詰まった声を張り上げる。
「遠慮なくいきなっ、今度は小夜子と合せる必要はないぜっ」
 鬼源にそう声をかけられた京子は「は、はいっ」と頷く。京子がいまや絶頂へと駆け上がろうとしたその瞬間、川田と吉沢の手で襖がガラリと開かれ、山崎と久美子が部屋の中に蹴り入れられる。
 奥座敷でそれぞれ陶酔の極限に浸っていた男女の視線が突然の闖入者に集中する。京子もまた絶頂に達しようとしたその瞬間、突然部屋の中に蹴り込まれた素っ裸に猿轡をされた男に目をやる。そしてそれが恋人の山崎であることに気づき、愕然と目を見開く。
「や、山崎さんっ。ど、どうしてっ」
 京子がそう言った時、ジョニーが京子に止めを刺すように腰を突き上げる。
「あ、ああっ、やっ、やめてっ!」
 山崎の目の前でジョニーによって絶頂に追い立てられる。そんな極限の汚辱と羞恥に京子は思わず悲鳴を上げる。
「What’s saying. You asked me to make you come」
 ジョニーは薄笑いを浮かべながら再び腰を突き上げる。最後の堰はあっけなく崩壊し「あっ、ああっ!」という悲痛な悲鳴とともに、京子は恋人の目の前で絶頂へと駆け上がる。
「い、いくっ、京子っ、いきますっ!」
 山崎の姿を目にした衝撃をも吹き飛ばすような官能の嵐の中、京子は教え込まれた言葉を無意識のうちに口走るのだった。

「京子……」
 ようやく猿轡を外された山崎は、大広間の畳の上に膝をついたまま変わり果てた京子の姿に視線を向けている。
 仕事の上では有能な探偵助手であり、私生活の上では大切な恋人。山崎にとってそんな掛け替えの無いパートナーだった京子は、森田組の手に落ちてから絶え間無い淫らな責めを受けたあげくすっかりポルノショーのスターに作り替えられてしまったのだ。
 たった今醜悪な黒人との交わりで幾度もアクメに達した京子の姿は山崎自身も信じたくないものだった。またそれ以上に京子は、自らのあられもない姿を最も見られたくない相手に見られてしまったという衝撃に言葉を失っていたのである。
 さらに、京子ははっきりとは覚えていないのだが、ジョニーとの交合の最中に山崎に対して愛想尽かしのような言葉をはかされたようなのである。そのことからも京子の心は深い後悔に苛まれていたのである。
「こんな……こんな……ひっ、酷いわっ。ああっ、嫌っ」
 我に返った京子の悲痛な泣き声が大広間の中に響き渡る。森田組の撮影班を仕切る井上はそんな愁嘆場にさえ、絶好の被写体とばかりに撮影機を向けているのだ。
 ボブとの交わりをいったん中断させられた小夜子は、京子と山崎の悲惨な再会の様子を痛ましげに見つめている。すでに小夜子の実の母親である美紀が千原流華道家元夫人である絹代とともに、山崎の計画による囮捜査のために田代屋敷に侵入し、その意図を見破られて捕らえられている。
 その際、山崎の妹である久美子までもが森田組に捕らえられたことから、山崎は起死回生の危険な賭けに出るのではないかという予感が小夜子にはしていた。
 しかしながら小夜子の目の前に素っ裸の哀れな姿で引き据えられた山崎の姿を見ていると、その賭けは無残にも失敗に終わったことが分かるのだ。
 これで救出のための望みはすべて断たれたという絶望とともに、小夜子は何故か不思議な安堵の気持ちを知覚するのだった。
 自らの破廉恥な写真が恋人の内村だけでなく、友人知人、村瀬宝石店の取引先、そして青葉学園の卒業生にまで送られている小夜子はすでい社会的には殺されたも同然である。いまさら助けられたとしても、一生日の当たるところでの暮らしは望めないのだ。
 それならむしろ、母や弟、そして敬愛する静子夫人とともにこの屋敷の中で奴隷として生きていった方がずっとましではないのかとさえ小夜子は思うのだ。
(これで内村さんがいてくれれば……)
 京子と山崎の邂逅の様子を目にした小夜子の心にふとそんな思いが浮かぶ。
(私、なんてことを……)
 小夜子はそんな恐ろしい想像を振り払うように何度も頭を振るのだった。
 美津子もまた文夫との行為をいったん中断させられ、姉と山崎に痛ましげな視線を向けている。
 姉の探偵活動が原因で田代屋敷に拉致されただけでなく、恋人の文夫やその姉の小夜子まで同様の地獄へと引き込まれたことで一時は京子に対して恨みの思いをもった美津子だった。しかしながら今、その地獄の中で恋人と再会し、身も世もないという風に泣き崩れている京子の姿を見つめている美津子の心から、姉に対するそんなわだかまりが不思議なほど消えて行くのを感じているのだ。
 もともと姉が探偵助手などという収入は良いものの危険も多い仕事に就いていたのは、妹である自分の学費を稼ぐためであった。そんな姉に対する負い目が、一種愛憎相反した感情へと転化したといえる。
 しかしながらこれで自分も姉も同様に恋人と共に地獄に落とされることとなったと思うと、美津子は再び姉と対等になったというどこか安らぎに似た感慨を抱くのだった。
「とんだ愁嘆場ね」
 マリと義子が嘲笑を浮かべながら京子と山崎の間に立つ。
「どや、名探偵の旦那。懐かしい恋人に再会できて嬉しいやろ。感想を聞かせてや」
 畳の上に引き据えられた山崎の肩の上に義子が足を乗せ、そう毒づく。
「これが森田組と葉桜団に逆らったもんの末路や。思い知ったか」
 義子はそう言うと足の裏で山崎の肩をぐいぐいと押し付ける。
「やめろっ」
 山崎は苛立たしげに身体をよじり、義子の足を振り払う。義子は勢い余ってバランスを失い、畳の上に尻餅をつく。
 そんな義子の姿に川田と吉沢が笑い声を上げる。義子は憤然として起き上がり、「何をするんやっ」と叫んで山崎の頬を平手打ちする。
「それはこっちの台詞だ。こんな非道がいつまでも許されると思っているのかっ」
 山崎は義子を睨みつけてそう言い放つ。
「な、なんや。その顔は」
 山崎の迫力に義子は思わず怯みを覚える。
「随分元気が良いじゃねえか、ええ、名探偵さんよ」
 川田と吉沢がニヤニヤ笑いながら山崎の両側に立ち、緊縛された腕を抱えるようにしてぐいと引き起こす。