岡田や関口は初耳のようだが、町子はこの人間花器を目にしたことで、これまで湖月流華道が週刊誌やテレビで取り上げられたのを思い出している。
 それは公共の場所で女の裸体を花器として使用した生け花を披露した家元の順子やその弟子が猥褻物陳列罪で逮捕されたというものであった。
 町子の記憶ではその時は、あくまでも芸術表現の一環であるという順子の強引に警察も手を焼いたせいか、順子やその弟子は厳重注意を受けただけで送検には至らなかったはずである。
 女の身体を花器として使用するなどと言う悪趣味なものが果たして華道と言えるのか。町子の知る限りでは湖月流華道といえばそんな奇矯なパフォーマンスばかりが目立つアングラ華道であり、華道界からは黙殺されている筈である。
 しかしながら湖月流の方は、自分たちこそが現代において、華道を芸術に昇華させることの出来る唯一の流派だとして、彼女たちが言うところの守旧派にことあるごとに攻撃的な言動を重ねてきたのである。
 そんな湖月流の最大の攻撃目標が、華道界でも指折りの格式と伝統を誇る京都の千原流であった。
 千原流は最近、家元の千原元康が病気がちなため、妻の絹代が元康の看病をする一方で、後継者と目される家元令嬢の美沙江を後援会長の折原珠江が支える形で運営されている。しかしながら美沙江の才能と美貌に対する弟子たちの崇拝に近い憧れと、珠江の運営面での才覚によって、依然として揺るぎない地位を保ってきたのである。
 特に美沙江は、その可憐な美貌から華道界のアイドルと言われ、千原流だけでなく女子校の華道部に所属する少女たちの間で、追っかけまで行う熱烈なファンが多数存在するほどである。
 そんな華道界の頂点とも言うべき千原流の中心人物である三人の女が素っ裸に剥かれて、女陰も肛門も丸出しにした究極の羞恥と言って良い姿で人間花器にされているのだ。驚きに声を失っている関口や岡田に、順子は勝ち誇ったような表情を向けているのだ。
「この見事な花器を三つも手に入れるためには大変な苦労をしたんですが、その甲斐がありましたわ。まさに理想的な花器ですわ」
 順子はそう言いながら左側の花器――折原珠江の尻をさも愛おしげに撫でさする。
「特にこの花器は、こんな風に両門に花を生けてもしっかりと支えて、花の姿をしっかりと保っておりますわ。この屋敷に来てから女の筋肉の使い方をみっちり叩き込まれた成果が上がったんでしょうね」
 淫靡な手つきで順子に尻を撫でられている珠江夫人はじっと目を閉じ、まさに花器になりきったかのように人間の感情を捨てているかのように見える。
 また夫人は、三人の中ではただ一人羞恥の丘の陰りを失っており、それがまさに花器らしさを際立たせているのだ。
「こちらの花器は、子供を生んだことがあるんで物の役に立つのかどうか最初は心配だったんですが」
 順子は次に右側の花器――千原絹代の脇に立ち、その恥丘のあたりをポン、ポンと叩く。
「結果的には取り越し苦労でした。まるで花器になるのを待っていたかのように、柔軟さと収縮力を保っておりましたわ。よほど長い間使ってなかったみたいですが、まあ、あの病気持ちの、なよなよした亭主じゃ無理もないところですわね」
 そんな風に夫の元康まで侮辱されている絹代もまた、じっと憤辱を堪えるように目を閉じている。
「最後はこの花器ですが」
 順子は満面に笑みを湛えながら中央の花器――千原美沙江の太腿を撫で上げる。
「まだまだ花器としては収縮力も柔軟性も不足しておりますし、菊門にもこんな風に一輪挿しがやっとですが、鍛え方次第では珠江や絹代を凌駕するほどの見事な花器に育ってくれることと思いますわ。いずれはこの花器には前門と肛門だけでなく、口に尿道、鼻の穴にまで使って、全身に花を咲かせてやりたいと思っておりますのよ」
 順子はそう言うとさも楽しげに、怪鳥のような声を上げて笑い出す。
 花を飾るためのオブジェと化した三人の裸女の姿を目にすると、その迫力に町子は思わず圧倒されるのを感じる。
 それは花器とされている女たちがいずれも驚くほどの美女であることもさることながら、アングラ華道の湖月流とは対極にある、伝統と格式を誇る千原流華道の家元令嬢や後援会長たちであるということが、花器の倒錯的なまでの美を引き立てているのだった。
「しかし、何でよりによって千原流華道の家元夫人や令嬢を人間花器なんぞにしなきゃならないんですか」
 関口が順子に尋ねる。
「それは、私たち湖月流華道の活動に対して、千原流華道からたびたび妨害を受けてきたからですわ。特にこの、後援会長の珠江からはね」
 大塚順子はそう言うと、左端の折原珠江の引き締まった尻をパシッと平手打ちする。
「そうでしょう、折原夫人、なんとかおっしゃい」
 順子に叱咤するようにそう言われた珠江は「そ、その通りですわ」と唇を震わせる。
「た、珠江は長年にわたって、湖月流の発展を妨害した罪を償うため、自ら大塚順子先生の花器となり、この身に花を咲かせることを誓ったのですわ」
 珠江のそんな屈辱の誓の言葉を聞いた美沙江と絹代の口から、嗚咽の声が漏れ始める。
「で、ですから大塚先生、奥様とお嬢様はもうお許しください。華道の家元の家に嫁ぎ、生まれた身にとって神聖な花を使ってこのような淫らな姿を晒すのは、し、死ぬより辛いことですわ」
 珠江のその言葉に、美沙江と絹代はたまらずわっと声を上げて泣き出す。二人の裸身に飾られた花がその悲しみを伝えるかのようにフルフルと震え始めるのが、いかにも哀切的であった。
「お客様の前で何を勝手なことを囀っているのよ」
 順子は苛立たしげな声を上げると、珠江の尻をパシッと平手打ちする。その瞬間、秘奥に飾られた薔薇の花が一輪、ハラリと床に落ちる。
「花を落としては駄目でしょう。本当に愚図なんだから」
 激高した順子は、いきなり珠江の頬をパシッと平手打ちする。
「うっ」
 その勢いに珠江の腰部が揺れ、飾られた花が再び風に吹かれるように揺れるが、珠江は花を落とさぬようにと必死に筋肉を駆使する。
 急にヒステリックに珠江を責め始めた順子を、岡田や関口は呆気に取られたような顔で眺めている。
 その時、扉の横でじっと成り行きを見守っていたマリが口を開く。
「あの、大塚先生」
「何?」
 順子は険しい表情で振り向く。
「そろそろ、三人を楽屋に連れて行きたいんですが。ショーの開始まであまり時間がありませんし」
「あら、もうそんな時間なの?」
 順子は驚いて腕時計を見る。
「花を生けるのに夢中になって、すっかり時間を忘れていたわ。わざわざ親分や時造さんがいらっしゃるのに、お待たせしたら大変だわ」
 順子はそう言うと岡田と関口の方を見て「ごめんなさいね。今日はもう花器を片付けなければならないんです。湖月流の神髄はまた今度、ゆっくりとご覧いただく機会を作りますわと」とニコニコしながら言う。
 岡田と関口は順子の機嫌の急変に戸惑いながらも「十分堪能させていただきました」とか「おかまいなく」などと言う。
 順子と直江、そして友子が三人の裸女から花を抜き、縄を解くのにマリはしばらくの間冷ややかな視線を向けていたが、やがて岡田たちに向かって「ショーの準備はもうすぐ出来ますわ。そろそろ会場にいらしてください」と告げるのだった。