「そ、そんな……それは困りますっ」
 姉弟で女郎と陰間にまで身を落としながら、仇を討てないとなったらいったいどうしたらよいのか。お小夜の顔は焦りですっかり蒼白になっている。
「困るのなら一生懸命励むしかねえな」
「励むといっても、いったいどうしたら……」
 お小夜は恐れの混じった表情を鬼源に向ける。
「決まっているじゃねえか。女郎と陰間に必要なことは一に色気、二に色気、三、四がなくて五に色気ってもんだ」
「そ、そうおっしゃられても……」
 お小夜の言葉遣いに鬼源は一瞬驚いたような顔になり、次にお春とお夏と顔を見合わせてぷっと噴き出す。
「な、何がおかしいのでございますか」
「いや、何でもねえ。確かにおめえは育ちの良い姫様だぜ。そんなお姫様に女郎の手管を教え込むのは気が引けるが……」
 鬼源はそう言って笑うと、懐から貝殻が重ね合わされたものを取り出し、お小夜の方に突き出す。
「これは鬼源特製の姫泣き油ってやつだ。どうだい、お姫様にぴったりの名前だろう」
 お小夜は脅えたような表情をその貝殻に向けている。
「ところで、お嬢様は生娘かい」
 突然そんなことを尋ねられ、お小夜は顔色を変える。
「ぶ、無礼なっ」
 お小夜がそんな怒りの声を上げたので、鬼源はきょとんとした顔になり、再びお春とお夏と顔を見合わせて噴き出す。
「無礼は良かったな」
 鬼源はそう言ってお小夜の頬を指先で軽くつつく。
「しかし、これは女郎になるには大事なことだから、聞かないわけにはいかないな。その意味は分かるだろう」
 鬼源にそう指摘されたお小夜ははっとした顔つきになる。
「なんだい、今頃気づいたのかい」
 鬼源は急に紅く顔を染めてモジモジし始めたお小夜を、興味深げに眺めている。
「その様子じゃ生娘みてえだな。しかし、女郎として客を取るってことは、当然生娘じゃいられなくなる。それはわかっていたんだろう」
「お、お願いでございます……」
 お小夜は悲痛な表情を鬼源に向ける。
「何だい」
「そ、そればかりは許して頂けるわけにはまいりませぬか」
「何だって?」
 お小夜の言葉を聞いた鬼源は頓狂な声を出す。
「何を言ってやがる。客は高い金を払って女郎の身体を買うんだ。その女郎が生娘のままでいようなんて、そりゃあ詐欺だぜ」
「で、ですが……」
 お小夜はモジモジしながら続ける。
「わ、私は国元に許嫁がいるのです」
「そんなことはこっちの知ったこっちゃないぜ」
 鬼源は呆れたような表情で、お春とお夏と顔を見合わせる。
「あのさ、お嬢さん。その許嫁ってのはやっぱり侍でしょう?」
 お春がそう尋ねるとお小夜は「は、はい」と頷く。
「お嬢さんはもう若葉屋の女郎になったのよ。許嫁のお侍は女郎に身を落としたお嬢さんを嫁に迎えてくれるの」
「そ、それは……」
 お小夜は悲痛な顔つきになる。
「難しいとは思いますが、もしお小夜が純潔を守っていれば、あるいは……」
「呆れたもんだぜ。これから女郎修業しようってのに、身体は綺麗なままでいたいって訳かい」
 鬼源が処置なしと言った顔でそう言うと、お春が「ちょっと待ってよ」と割って入る。
「お嬢さんの許嫁ってのはどんな人なの」
「どんな人って……」
 お小夜はそんなことを聞いてどうするのか、といった顔つきになる。
「事情によってはあたしが森田の親分に頼んであげないでもないわよ」
「お、おい、お春、何を勝手なことを言ってやがる」
 鬼源が慌てて口を挟むとお春は「鬼源さんはちょっと黙っててよ。女と女の話なんだから」と遮る。
「ねえ、言ってご覧よ」
 お春が催促するとお小夜はためらいながらも「い、許嫁の名は……」と話し出す。
「う、内村光の進と申しまして、藩のご典医の跡取りで、今は医学の勉強のため、長崎で修業をしております」
「へえ、お医者さんの卵って訳ね。長崎で修業ってことは蘭法を学んでいるのかしら」
「そうでございます」
 お小夜は、お春がどうしてそんなに詳しいのかと怪訝な顔つきになる。
「こういった商売をしていると色々な客が来るからね。耳学問で自然に色々なことを覚えるのよ」
 お春がそう言うとお夏が「たいして役にたちゃしないけどね」と茶々を入れる。
「確かに許嫁が医者だと、お嬢さんが生娘かどうかはすぐに分かっちゃうかも知れないわね」
 お春はそう言うと「ねえ、お夏、鬼源さん。ものは相談だけど」とお夏と鬼源を手招きする。
 何やらしきりに話しかけるお春にお夏はしきりに頷き、鬼源もやがて「なるほど」と言って腕を組む。
「ね、いい考えでしょう」
 鬼源が頷くとお春はニヤリと笑い、お小夜の方に向き直る。
「お嬢さんの願いを聞いてあげても良いわよ」
 お春がそう言うと、お小夜の顔にぱっと生気が戻る。
「それと、そこのお坊ちゃんも陰間として客を取るのは勘弁してあげても良いわ」
「そ、それはまことでございますかっ」
 お小夜は思わず声を弾ませると、お春は「その代わり」と遮る。
「葉桜屋の客たちの前で、お二人で簡単な見世物を演じてもらうわ」
 お春の言葉にお小夜の顔が不安に陰る。
「なに、別にたいしたことじゃないのよ。葉桜屋の客がその気になるよう、二人でお芝居のようなことをやってもらいたいのよ」
「お嬢さんとお坊ちゃんのお芝居を観た客が興奮して葉桜屋の女郎を抱く。それで葉桜屋にはたんまりお金が落ちるって具合よ」
 お春とお夏は口々にそう言い立てる。
「お芝居とはいったいどんな……」
「そんな大袈裟なもんじゃないわ。お軽と勘平でもいいし、静御前と九郎判官でもいいから、二人で夫婦や恋人同士の濡れ場を演じてもらいたいのよ」
「そ、それは……」
 お小夜の顔がかっと赤くなる。
「わ、私たちは本当の姉弟なのです。それが恋人や夫婦の濡れ場など……」
「だからお芝居だっていっているじゃない。ただの真似事をやってもらえばいいのよ」
 お春は、しきりにお小夜を説得しようとする。