「ここからが面白いのよ」
 お夏はにたりと不気味な笑みを浮かべると、再び読み上げ始める。
「……父の敵討ちの旅とはいえ、始めて国元を離れた若い二人にとっては、旅の空で見るもの聞くもの、すべて珍しいものばかりだった」
 お夏はそう言ってお小夜と文之助の顔をちらりと見る。
「しかし昨今はどの藩も台所事情は火の車。いかに重職の師弟とは言え、いつ終わるとも知れない敵討ちの旅とあっては、路銀は極力節約しなければならない。姉弟は宿では当然のように一つの部屋に泊まり、衝立を隔てて枕を並べることになる。成熟しきった姉の息づかいを間近に感じる文之助は、徐々におかしな気持ちになっていくのだ」
「そうだったのかい、お坊ちゃん」
 お春はそう言うと、文之助の引き締まった尻をぽんと叩く。
「確かにこんなに綺麗なお姉ちゃまがしどけない格好で隣で寝ているとあっちゃ、落ち着かないよね」
「ば、馬鹿なっ」
 文之助は顔を赤く染めて反撥の声を上げる。
「実の姉に大してそのような不埒な思いを抱くなど、あるはずがないではないかっ」
「おや、本当かい」
 お春はニヤニヤ笑いながら文之助の顔を覗き込む。
「それならなおのこと、お芝居ならお芝居と割り切って出来るはずじゃないか」
「そうそう、何ごとも敵討ちのためだよ。それともやっぱり、陰間になって客を取る方が良いっていうのかい?」
 お夏もまた言って、文之助の形の良い尻をそろりと撫で上げる。
「仕込み甲斐のある良いお尻をしているじゃないか。吸い付くような柔肌で、しかも弾力がある。穴の締まりもよさそうだね」
「あたいたちが腕によりをかけて仕込んでやれば、売れっ子の陰間になること間違いなしだよ」
 お夏とお春はそう言い合うと、顔を合わせてキャッ、キャッと笑うのだった。
「あ、姉上っ」
 文之助は憤然とした顔をお小夜に向ける。
「文之助はもう覚悟を決めておりますっ。敵の津村清十郎を討つためならどんな屈辱にも耐えると。で、ですから、姉上もお覚悟をお決め下さいっ」
「ああ、文之助……」
 お小夜の眼からハラハラと涙がこぼれ落ちる。
「よくぞ申してくれました。そなたの言うとおり、姉の覚悟が足りませんでした」
 お小夜はそう言うと顔を上げ、涙に濡れた眼を文之助に向ける。
「こうなったらお小夜も鬼になったつもりで、、男と女の濡れ場とやらを、え、演じて見せまする」
「鬼になったつもりでねえ」
 お春はうんざりした様な顔をお夏と見合わせる。
「そんなに大袈裟に考えないで、弟を自分の愛しい人と思えばいいんだよ。そう言えば、あんた、許嫁がいるっていっただろう。確か内村って言ったよね」
 お春が今度はお小夜の顔を覗き込むとお小夜はハッとした表情になって顔を逸らす。
「お嬢さんは生娘だからその内村って男にはまだ抱かれたことはないだろうけど、口ぐらい吸われたことはあるんだろう」
「な、なぜそのようなことを……」
 お小夜は悲痛な表情をお春に向ける。
「こっちはお嬢さんのことを何でも知っておく必要があるんだよ」
「そ、そのようなことまで申さなければならないのですか」
「演技を付ける側としちゃあ、大事なことさ。さ、どうなんだい」
 お春がそう言ってお小夜の肩を揺さぶるようにすると、お小夜は首筋まで紅生姜のように赤く染めながら「……ご、ございます」と答える。
 お春とお夏はどっと笑いこける。
「上品なお武家のお嬢様と思っていたけど、なかなか隅に置けないね」
「すました顔をして、ちゃっかり男に口を吸わせているんだから、人は見かけによらないね」
 お春とお夏がそんな風にお小夜をからかうと、お小夜はますます顔を赤く染めてさも恥ずかしげに俯くのだ。
 そんなお小夜からは、匂い立つような色気が感じられ、文之助はなぜか胸の鼓動が高まってくるのを感じるのだ。
「しかしそれなら手っ取り早いや。まずは挨拶代わりに弟の口を吸ってもらおうじゃないの」
 お春がそう言うと、お小夜は雷に打たれたような表情になる。
「どうしたんだい、そんなに驚いて」
「恋人同士の濡れ場を演じるんだ。口を吸い合うくらいは序の口だよ」
 さあ、さっさと始めるんだとお春とお夏は、美しい武家姉弟を急き立てる。
「ああ……ふ、文之助」
 お小夜は悲痛な表情を文之助に向ける。先ほどお小夜に覚悟を促した文之助も、愁いを含んだ姉の美貌を真正面から眼にすると、狼狽したように顔を逸らすのだった。
「お坊ちゃんもそんな風に顔を逸らさないで、しっかりお姉様の方を見るんだよ」
 お夏が青竹を取り出し、文之助の尻をパシッと叩く。文之助は屈辱に歪めた顔を再び姉に向けるのだった。
 姉と弟が改めて向かい合ったところで音楽が高まり、会場のマイクから義子のナレーションが響く。
 ――ああ、お小夜と文之助姉弟が陥った運命の何と悲惨で滑稽なことでしょうか。武家に生まれ育った身でありながら、父の敵討ちの旅の途中で雲助に襲われ、哀れにも身ぐるみはがされて女郎屋に連れ込まれ、女郎と陰間に堕とされる代わりに姉と弟で濡れ場の演技を、見世物として披露しなければならないとは。
 しかし健気な姉弟は、これもひとえに父の敵である津村清十郎を討ち果たすためと、死んだ気になっておぞましい調教に身を委ねていくのでした――。
 ナレーションが終わったところで小夜子演じるお小夜が、震える唇をそっと開く。
「ああ……文之助、お、お小夜はそなたのことを……」
 そこまで口にしたお小夜は耐えかねたように顔を伏せ、嗚咽し始める。
「何をやっているのさ。恋人同士の濡れ場を演じろと言ったでしょう」
「そうよ、大事な場面で、そんな風に情けない顔をするもんじゃないわよ」
 お春とお夏はそう言いながら、お小夜の尻を苛立たしげに叩く。
 お小夜は顔を上げ、悲痛な表情を文之助に向ける。
「文之助、お小夜はそなたのことをし、慕っておりました」
 ついにそんな台詞を吐いたお小夜は、毒を食らわば皿までといった心境になったのか、開き直ったように後の言葉を続ける。
「ち、血を分けた姉と弟で許されぬこととは思っておりましたが、もはやお小夜はこれ以上、じ、自分の心を偽ることが出来ませぬ。ああ、文之助、どうかこの姉の気持ちをう、受け止めて下さいっ」
 お小夜はそこまで言うと、自らの身体を文之助の身体にぶつける。
「文之助っ」
「あっ、あっ、姉上っ。い、いけませぬっ」
 薄い襦袢一枚をまとっただけの姉の身体と、下穿きのみを許された弟の半裸身が密着する。弾力のある姉の乳房の形を薄い布越しに感じた文之助は全身が痺れるような罪悪感を知覚し、反射的に姉から離れようとするが、お小夜はそうはさせまいと文之助の唇に自らの唇をしっかりと押し当てるのだった。
 花びらのような姉の唇を感じた文之助は、その部分から全身の力が吸い取られるような錯覚に陥るのだった。