しかし今、美紀夫人の前には脂ぎった男たちが群がり寄り、その姿態を食い入るばかりに見詰めているのだ。そんな男たちの視線を感じている美紀夫人は激しい羞恥と同時に、どこか高揚感に似たものを知覚していることを否定できないでいるのだ。
「ねえ、ねえ、皆さま……」
 美紀夫人の声音は自分でも気づかないうちに艶っぽさを帯び、その豊満な姿態はまるで見ている男たちを誘うかのようにくねくねと蠢き始める。
 その時、座敷の襖が静かに開き、先ほどまでお小夜と文之助の仇役を演じていた津村が現れる。
 津村は鬘は外しているものの、素浪人役の舞台衣装姿のままである。津村は岩崎の席へと近寄ると何ごとか話しかける。
 岩崎はニヤリと笑うと先ほどまで妾の和枝や葉子が座っていた場所を顎で示す。津村もまた微笑しながら頷き、岩崎の隣に腰を下ろす。
 津村が現れたことに気づかない美紀夫人は、とろりと潤んだ瞳を群がる男たちに向けながら、春太郎に吹き込まれた台詞を続けている。
「こうなれば美紀のお尻の穴まで鑑賞して下さらない、ねえ、いいでしょう、皆さま」
 有名な宝石店の社長夫人がそんな卑猥な台詞を口にしたことで、男たちはどっと歓声を上げる。
 美紀夫人のそんな淫奔な姿を眼にした津村は、岩崎に再び話しかける。岩崎はわかったという風に頷くと立ち上がり、津村とともに美紀夫人の前に向かう。
「ちょっとすまんが、前を空けてくれんか」
 美紀夫人の演じる痴態に夢中になっていた男たちは一瞬、楽しみの邪魔をするなとばかり睨み顔で振り返るが、声をかけたのが岩崎だと言うことに気づき、慌てて場所を空ける。
 津村が岩崎に促されて前に進み出ると美紀夫人の真ん前、その大きく開かれた伸びやかな両肢の中央にどっかり腰を下ろす。
 津村と眼があった美紀夫人ははっとした表情になって、慌てて視線を逸らす。
「どうしたんですか、奥様。折角お客も乗ってきたところなんだから、途中でやめないで下さいよ」
 津村は口元に薄笑いを浮かべながら美紀夫人に話しかける。
「つ、津村さん……」
 美紀夫人は津村から眼を逸らしながら声を震わせる。
「お願いです。見ないで、見ないで下さい」
「どうしてですか」
「あ、あなたにこんな姿を見られるのは辛いのです
「そりゃあおかしな話ですね。奥様。僕と奥様は男と女の仲じゃないですか」
 津村はニヤニヤ笑いを浮かべたまま続ける。
「いわばもう他人じゃないんですよ。そんな大股開きの恥ずかしい姿を見ず知らずの他人に見せながら、この僕に見せるのが恥ずかしいなんておかしいですよ」
「こ、こんなところでそんな話を持ち出さないで」
 津村の無神経さに、美紀夫人は思わず苛立った声を上げる。
「僕はもう奥様の身体の隅々まで知り尽くしているんだから今さらお尻の穴を見たって驚きませんよ。さ、見せて下さい。ここにいるお客様たちと一緒に皺の一本一本までじっくり調べてあげますよ」
「つ、津村さん、あ、あなたと言う人は……」
 あまりのことに美紀夫人は怒りに声を震わせる。
「何をブツブツ言っているのよ。お客様が白けちゃっているじゃないの」
 春太郎が美紀夫人の太腿をピシャリと叩く。
「だ、だって……津村さんが」
「津村さんがどうしたって言うのよ」
「津村さんは元々、主人の会社の社員だった人です。そ、そんな人を前に、あのような演技を続けるわけにはいきませんわ」
「何を言っているのよ」
 美紀夫人の抗議の言葉を聞いた春太郎はプッと噴き出す。
「確かに以前はご主人の部下だったかも知れないけど、今はお嬢さんの小夜子さんの夫。しかも奥様にとっても新しいご主人様でしょう。そもそも奥様は、津村さんの二号になることを誓ったんじゃないの。それなら津村さんが言うとおり、今さら恥ずかしがるのはおかしいわよ。
 春太郎にそう決めつけられた美紀夫人はぐっと言葉を詰まらせる。
「ショーのスターともなれば、いつ観客席に自分の知り合いが現れるか分からないのよ.その度にうろたえたり恥ずかしがったりしてちゃどうするのよ。たとえ自分の親兄弟の前でも堂々と演じるのがショーのスターというものよ。津村さんはそのことを身をもって教えてくれているのよ」
 さ、わかったら演技を続けなさい、と春太郎は再び美紀夫人の太腿を叩く。美紀夫人が口惜しさにぐっと唇をかみしめたとき、隣の絹代夫人の切なげな声が聞こえ始める。
「ああ……お客様、お願いです。絹代の花をよくお調べになって……。花びらの開き加減や花の実の大きさ……絹代は何もかもお客様に見て頂きたいの……」
 そんな淫らな台詞を耳にした美紀夫人はハッとした顔つきになり、絹代夫人の方を見る。
 絹代夫人は大塚順子が耳元で何ごとか吹き込み続けるたびに、うん、うんと頷きながら、しなやかな裸身をくねくねとうねらせ続けている。絹代夫人の表情はまるで催眠術にかかったように瞳はとろんと潤み、口は半開きになってハア、ハアと熱い吐息をはき続けているのだ。
「どう、お聞きになった、奥様」
 春太郎がニヤリと笑って美紀夫人の耳元に口を寄せる。
「家元夫人はすっかり素直になっているじゃない。それもこれも娘の美沙江さんと動物のような関係になりたくない一心からなのよ」
 美紀夫人はまるで人が変わったような淫らな演技を見せている絹代夫人を、呆気にとられたような顔で見ている。
「奥様がいつまでも駄々をこねていると私から田代社長や森田親分に、奥様を小夜子さんとレズの関係を結ばせるだけじゃなく、小夜子さんと文夫さんを姉弟で実演コンビを組ませるように進言するけど、それでも良いの?」
「そ、それは嫌、嫌です」
 美紀夫人は懸命に首を振る。
「わ、私たち家族をそんな畜生のような関係にさせることだけは許して。お願いです」
 美紀夫人の瞳からハラハラと涙がこぼれ落ちる。
 美紀夫人は今、眼の前にいる津村によって貞操を奪われている――それも娘の小夜子や息子の文夫が見ている前で。
 そればかりではない。津村は小夜子の純潔を奪っただけでは飽きたらず、文夫をおぞましい男色の餌食にした男なのだ。
 つまり村瀬一家の母と娘、そして息子の三人が一人の男と肉体関係を結ばされているのだ。それはすでに十分、畜生じみた関係であると言える。
 しかし、だからこそ美紀夫人は、これ以上娘や息子の精神を傷つけることは避けたかった。小夜子も文夫も、すでに人間が耐えることの出来る屈辱の限界を味わっているかも知れない。あと一段階進めば、二人ともその限界を超えて狂気の域に入るかも知れないのだ。
「わかった、わかったわよ」
 春太郎が懐からハンカチを取り出して美紀夫人の涙を拭く。
「私たちもいくら出し物として刺激的とはいえ、そこまでのことはしたくないわ。奥様が素直に演じる気になってくれればそれで十分なのよ」
 春太郎がわざとらしい猫なで声を出し「良いわね、わかってくれるわね、奥様」と念を押すと、美紀夫人はすすり上げながらこくりと頷くのだ。