10.母親二人(1)

 事務所の応接セットで、山崎は二人の美女と向かい合っている。一人は村瀬宝石店社長夫人、村瀬美紀。もう一人は千原流華道家元夫人、千原絹代である。
それぞれの娘である村瀬小夜子が22歳、千原美沙江が19歳ということから考えて、いずれも40代にはなっているはずだが、二人とも全くそんな年齢を感じさせない。
上質のスーツを着こなした美紀は、まるで宝塚のスターを思わせる艶麗な美女であり、一方の和服の似合う絹代はいかにも淑やかな京美人といった趣である。
「どうぞ」
久美子がお湯を沸かし、紅茶をいれて二人に出す。
「ありがとうございます」
美紀が礼を言うとカップに口をつける。絹代も同様に紅茶を一口飲むと「おいしですわ」とほほ笑む。
「千原流華道家元夫人にそう言っていただけると光栄ですわ」
久美子がほほ笑み、その場の空気が少し和む。
「久美子様の腕前ももちろんですが、良い葉を使っておられますわ」
絹代の言葉に美紀が頷く。
「本当にそうですわ。失礼ですが、山崎先生がお選びになったのですか?」
「いえ――」
山崎は首を振る。
「助手の京子が選んだものです」
「その方は、今日はいらっしゃらないようですね」
絹代は改めて事務所の中を見回す。
「ええ、遠山夫人と令嬢の捜査をしている最中に、消息を絶ってしまいました。おそらく誘拐犯の手に落ちたのだと思います」
「京子さんって、ひょっとして野島京子さんのことですか?」
美紀が山崎に尋ねる。
「ご存じですか?」
「ええ、文夫がお付き合いしていた野島美津子さんというお嬢様のお姉様が、確か京子さんといって探偵助手の仕事をしていると聞いたことがあります。その時は、女性がそんな危ない仕事に就くなんて時代も変わったものだと驚いたのですが」
「文夫さんと美津ちゃんが?」
山崎は美紀の言葉に驚く。美紀は山崎の反応にいぶかしげな視線を向ける。
「失礼、京子がよく妹のことを話していたものですから、ついその呼び名が身についてしまって」
山崎は村瀬姉弟の誘拐は当初、静子夫人や桂子とは違い、身の代金目当てのものだと考えていた。実際、一千万円という多額の金を要求して来たことから、誘拐目的の一つがそれであったことは間違いない。犯人たちは身代金の奪取に失敗すると、それをまるで村瀬姉弟の肉体で支払わせようとでもするかのように、二人の卑猥な写真をばらまき始めたのだ。
それらのうち山崎が入手したものの中には、文夫と美津子がからんでいる物もあった。そこで山崎は村瀬姉弟の誘拐犯と、静子夫人や京子を拉致している犯人が同一のものであることを確認したのだ。
山崎が分からなかったのは、どうして村瀬姉弟が簡単に誘拐犯の運転する車に乗ったのかである。しかし、文夫と美津子が恋人同士であったなら、それを利用して村瀬姉弟を騙したことも考えられる。
「村瀬社長は、息子さんが美津ちゃん――野島美津子さんとお付き合いしていることを知っていたのですか?」
「いえ、知らなかったと思います」
美紀は首を振る。
「どうしてですか?」
「美津子さんには両親がいません」
「しかし、とても気立てが良く、素直な良い娘です」
「もちろんわかっております。私も何度かお会いしましたし、小夜子も同じ意見です」
美紀は頷く。
「しかし村瀬はいつも仕事で忙しく、文夫とあまり話す時間がありません。文夫の気持ちを聞く前に、親がいないということだけで反対する恐れがあります。このままお付き合いが続き二人の気持ちが確かなら、しかるべき時にきちんと話をすれば良いと考えていました。それまでは母親の私と姉の小夜子が承知していれば良いことです」
「失礼ですが村瀬の奥様は……」
「美紀と呼んでいただいて結構です」
美紀がそう言うと絹代も「私も絹代でかまいませんわ」とほほ笑む。
「そうですか、では失礼して」
山崎は改めて口を開く。
「美紀さんは、事件のことについてどれだけ聞いておられるのですか?」
「ほとんど何も」
美紀は首を振る。
「私がどんなに尋ねても、村瀬は詳しいことは一切教えてくれません。村瀬の秘書のものにも聞いたのですが、社長から口止めされていると言って――」
美紀の表情が愁いに沈む。
「ところが村瀬が日に日にやつれていき、四ツ谷の店もめっきりお客様が減ってしまいました。それで私もとうとう我慢できなくなって、こちらの絹代様をお誘いして、山崎先生をお訪ねすることにしたのです」
「すると、今日ここにいらっしゃったのはご主人には内緒のことですか?」
「はい」
すると村瀬夫人は小夜子の卑猥な写真が、恋人の内村を始めとする小夜子の友人・知人に送られて来たことも知らないのか。山崎は美紀夫人が意外に落ち着いている理由をそこで初めて知る。
自分の娘や息子が暴力団の手に落ち、性の奴隷にさせられているのだ。それを知れば母親ならば正気ではいられない。それをおもんばかって村瀬社長は、すべて自分のところで情報を止め、妻には一切知らせないでいるのだろう。
しかし時が経っても一向に小夜子と文夫は帰って来ないし、夫は相変わらず何も教えてくれない。業を煮やした美紀夫人は何か少しでも子供たちについての情報を知りたいと思い、当初事件の捜査にかかわった自分を訪ねて来たと言う訳か。
「そうすると、本日こちらへいらした目的は――」
「先生から、小夜子と文夫の消息について何でもいいからお聞きしたいということと」
そこで美紀は真剣な視線を山崎に向ける。
「出来るなら、二人を取り戻してほしいということ、その二つをご依頼するためです」
山崎は美紀から視線を逸らす。
「ご主人も奥様――美紀さんに何も教えないのでしょう。それならお嬢さんとご子息の消息は中途半端に知らない方が良い」
「どうしてですか?」
「それは――」
辛くなるだけだ、と言いかけて山崎は口をつぐむ。そんなことを言ったらますます美紀の疑心暗鬼を募るだけだろう。山崎はごまかすように、絹代に視線を移す。
「絹代さんがこちらにいらしたのも、美紀さんと同じ理由ですか?」
「はい」
絹代は頷く。
「ただ、私の場合は夫の元康が身体が弱く、自分で動くことが出来ませんので、代わりに私が参りました。従ってここに参ったのは元康も了解してのことです」
絹代はそこでちらと美紀の方を見る。
「元々、発表会などには私が娘の美沙江と一緒に出席するべきなのですが、そういった社交の場は後援会長である折原の奥様――珠江様に代わっていただき、これまで私はずっと元康の看病に専念させていただいていたのです」

Follow me!

コメント

PAGE TOP
タイトルとURLをコピーしました