「いえ……すみません」
桂子は首を振る。
マリの言わんとすることは桂子には分かっている。田代屋敷の奴隷の務めは、秘密ショーや映画に出演したり、卑猥な写真のモデルになったりすることだけではない。それよりも重要な務め――それは、田代や森田のために娼婦として客を取ることである。
身内一千人と言われる関西の暴力団の大親分、岩崎大五郎がこの田代屋敷を訪れた時は、静子夫人だけでなく桂子、京子も岩崎組の幹部たちを娼婦として接待した。また小夜子も、田代や森田に大きな利益をもたらした津村義雄にその肉体を捧げさせられたし、美津子も京子とともについ最近、義雄の弟の清次や、その仲間の三郎、五郎の嬲りものになったばかりである。
田代屋敷の賓客にとっては森田組の企画する秘密ショーは、そういった後の楽しみの興奮剤のようなものである。
そんな娼婦としての務めをこれまでほぼ一手に引き受けて来たのが静子夫人である。しかし夫人は千代のたっての希望もあって人工授精を施され、安定期に入るまでは客を取ることは出来ない。また、これまでのように秘密ショーに出演し、バナナ切りなどの珍芸を披露することも難しくなる。
そこで静子夫人の穴を生めるために白羽の矢が立ったのがニューフェイスの珠江夫人である。医学博士の妻で京都の千原流華道の後援会長という珠江の経歴は、遠山財閥の社長夫人である静子に決して見劣りのするものではない。また、フランス留学の経験もあり、どちらかというと洋風の華やかさを持つ静子に対して、いかにも淑やかな日本美人といった珠江には別の魅力があった。
京子も小夜子もそれぞれ魅力はあったが、やはり人妻である静子や珠江に比べるとどこか貫禄のようなものが足りない。そう考えた鬼源は珠江夫人を中心にショーのメニューを組み直し、夫人を賓客への接待の主役にしようとしたのだ。それが今回の人事異動の背景である。
「珠江夫人はこれから、静子夫人に替わってどんどん客を取ってもらうことになるんや。おば様はそのための猛特訓中という訳や。わかったか?」
マリの言葉を美沙江は怪訝そうな顔付きで聞いている。
「客を取るって……お客様を接待することですか?」
「まったく調子が狂うわ」
美沙江の問いに義子はマリと顔を見合わせて苦笑する。
「接待と言ったら接待だけど、どう説明したらいいのかしら」
「こういった箱入り娘にははっきり言わんとわからんやろ。おば様は田代社長や森田親分が指定したお客とセックスすることになるんや。わかったか? お嬢さん」
義子の言葉を聞いた美沙江は心臓が止まるような衝撃を受ける。
「そうは言っても珠江夫人は奴隷の中では唯一の三十代だし、これから森田組のトップスターである静子夫人の域に達するためにはかなり時間がかかると鬼源さんは考えているみたいだわ」
「それを補うためには京子と美津子、そして小夜子と文夫といった近親コンビによってショーを盛り上げ、珠江夫人と同じニューフェイスのお嬢様を早期に戦力化することが重要なんや。わかるか?」
美沙江はマリと義子の恐ろしい言葉に失神しそうな恐怖を覚える。
「まあお嬢さんは今はそんなことは気にしないで、お道具で膣圧計を締め付けることだけを考えていればいいのよ」
マリはそう言うと、おぞましい器具をしっかり呑み込んだ美沙江の下腹部のあたりをポン、ポンと叩く。
「あんたたちはもう、その女の武器を使って生きていくしかないんや。さあ、誰が一番お道具のできがええか競争や」
「さっきも言ったけど、一番出来の悪かった奴隷にはきついお仕置きが待っているわよ」
義子とマリはそんな風に三人に嘲笑を浴びせると、「それじゃいくわよ。緊め方始めっ!」と声をかける。その声を合図に桂子、美津子、そして美沙江の三人の美女は、滑稽かつ酸鼻な闘争を開始するのだった。
三人の美女の必死の闘争は終わった。女奴隷としての経験の長い桂子や美津子にとって、美沙江はまだまだ敵ではなく、測定の結果は桂子、美津子、そして大分離れて美沙江の順となった。
「桂子と美津子はだいぶコツを覚えてきた様や。それに比べて美沙江はまだまだやな」
三つの膣圧計のメーターを見比べながら、義子がそう言うと、桂子と美津子は白い頬を真っ赤に染めて眼を伏せる。
美津子は隣に縛られている美沙江をちらと眺めた。透き通るような白い肌を持つ京美人の美沙江は、19歳の若さで有名な華道の家元だったという。自分が勝ったために、この世間の汚れとは隔絶して育てられたような繊細な美女はお仕置きと称しておぞましい責めを受けることになるだろう。そう考えると美津子の胸の中に自責の念と、美沙江に対する同情が生まれてくる。
(……どうにもならないことよ。この地獄屋敷では同情したってなんにもならないわ)
美津子は自分に言い聞かせるように、胸の中でそっとつぶやいた。
悪鬼たちは奴隷同士の同情に付け込み、苛酷な責めを加えてくる。静子夫人も京子も、桂子や小夜子、美津子といった他の奴隷たちをかばおうとしたが、その自己犠牲の精神はなんら事態の改善には役立たなかった。現に姉の京子が身を挺して妹を庇おうとするたびに、美津子はより深い陥穽に落ちることになったのだ。
地獄のような田代屋敷では、それぞれが自ら悪魔や鬼のような嗜虐者達と対決し、彼らの執拗な責めを悦びに変える強靭な精神と肉体を持つしかないのだ。
「約束どおり美沙江はお仕置きや」
がくりと首をたれる美沙江に追い打ちをかけるようにマリが言い放つ。
「大塚先生がたっぷりお仕置きしてくれるわよ」
大塚順子の名前を聞いて美沙江ははっと顔を上げた。
湖月流華道の家元で、自分と珠江の誘拐を森田組に依頼した張本人の順子。美沙江にとっては最も憎むべき存在である。
森田組のやくざ達も、葉桜団のズベ公達も、美沙江が順子に責められるのを最もつらく感じるのを良く分かっているので、ことさらに順子に美沙江の調教を任せようとするのだった。
「いや、あの人はいや……」
美沙江は首を振るが、すでにマリに室内電話で呼ばれていた順子が、やがて土蔵の扉を叩く。
「ふふふ。美沙江さん。お仕置きですって?」
扉が開き、派手な色使いのサリーを身につけ、ターバンのように頭にスカーフを巻いた大塚順子が登場する。
義子とマリは順子の珍妙な姿を見て笑いをかみ殺す。順子は前衛華道の家元というが、義子とマリはその奇怪なセンスを見るたびに、順子が自称するような芸術家だとはとても信じられないのだ。
「あれ? 友子と直江やないか」
順子の後ろに隠れるように、友子と直江が立っているのを義子が見とがめる。
「あんたら、謹慎中やなかったんか」
友子と直江はばつが悪そうに首をすくめる。酔っ払った友子と直江が歌舞伎町の終夜営業の喫茶店で男たちといざこざを起したことで、二人は銀子からしばらくの間謹慎を言い渡されていたのだった。
「調教の人手が足らないんでしょう? 見逃してちょうだい。銀子さんには私が後からよくお話しておくわ」
義子は仕方がないといった顔つきでうなずくマリを見ると「大塚先生にそう言われると断れんな」と答える。友子と直江の顔がぱっと輝く。
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