79.酒の肴(1)

「どうしたい、多少味わえるようになったのかい」
「何のこと?」
「言っただろう、緊縛感だよ」
「ば、馬鹿なことを言わないで」
久美子はおぞましさに肩をぶるっと震わせる。銀子はそんな久美子の様子を楽しげに見ていたが、やがて縄止めを終えると、久美子の背中をぱしっと叩く。
「出来たよ。それじゃ、三人とも行くわよ」
銀子が久美子に歩きだすよう促す。
「そ、その前にお手洗いに」
「社長と親分に挨拶したらすぐにいかせてやるよ。さ、急ぐんだ」
銀子はそう言うと久美子のヒップをパシッと平手打ちする。朱美もそれに倣うようにそれぞれ絹代と美紀の尻を叩く。
「義子とマリは、悦子を檻の中にほうり込んだら井上さんの撮影班の手伝いに回りな。小夜子、京子、それに美津子の三人のからみの映画をまとめて三本撮るそうだ」
「了解」
義子がおどけて敬礼の真似をする。
小夜子の名を聞いた美紀は顔を引きつらせる。
「友子と直江は熊沢親分の接待だ。今朝は珠江と美沙江が桂子の調教を受けることになっているからね」
「わかった」
珠江と美沙江という名を聞いて今度は絹代がはっとした表情になる。
「娘にはいずれ対面させてやるから、あせるんじゃないよ」
久美子、美紀、絹代は銀子と朱美に追い立てられ、竹田と堀川に両側を挟まれるようにして地下の倉庫を出る。
「あ、あの……」
廊下を引き立てられる美紀がおずおずと銀子に呼びかける。
「なんだい、奥さん」
「さっき、文夫の名前が出て来ませんでしたが」
「ああ」
銀子はさも楽しげに笑う。
「文夫は男の子だからね、女と同じような調教は受けていないよ」
「そ、それでは文夫に乱暴を……」
私刑にかけられた悦子の無残な姿を思い出した美紀は恐怖に声を震わせる。
「まさか。私たちはそんなに野蛮じゃないよ」
銀子は朱美と顔を見合わせて笑い出す。
「あんなに可愛い男の子に乱暴したりなんかするものか。そんなに心配なら後で会わせてやるよ。すごく元気にしているから安心しな」
銀子はそう言うと再び美紀の尻をパシッと叩く。
銀子たちに連れられた三人の美女は二階のホームバーにたどりつく。部屋に入った久美子、美紀、そして絹代は、朝っぱからビールやウィスキーを飲み、赤い顔をしながら下品に笑い合っている10人近い男女を目にして棒立ちになる。
部屋の中で久美子たちを待ち構えていたのは田代、森田、川田、吉沢、鬼源といった男たち、そして千代、順子、葉子、和枝という女たちであった。
褌姿の久美子たちが現れたのを見て、10人近い男女はいっせいに歓声をあげる。
「待ち兼ねたぜ。そこに三人並べて立たせるんだ」
川田が竹田と堀川に指示をし、吉沢と一緒に久美子、美紀、そして絹代を天井に取り付けられた滑車から垂れ下がった縄につなぎ止めていく。褌一丁の裸身を部屋の中央で晒した三人の美女は極限の羞恥と屈辱にブルブルと身体を震わせている。
「あの……いつになったらお手洗いに……」
順に立ち縛りにされていく三人に冷ややかな視線を投げかけている銀子に、久美子が焦り気味に尋ねる。
昨夜は極力水分の摂取を控えていたとは言うものの、そろそろ久美子の膀胱も限界が近づいており、先程から不気味な鈍痛を伴う尿意に脅かされていたのだ。
まして久美子の分まで紅茶を飲んでいる絹代はもっと切迫した状況にあるに違いない。
「慌てなくても行かせてやるよ。田代社長と森田親分にきちんと挨拶を済ませたらね」
(田代社長……森田親分?)
それがこの屋敷の主なのか。そしてこの一連の美女誘拐事件の黒幕? 久美子は緊張に身を堅くする。
ホームバーの中央の席でちょび髭を生やした初老の男がニヤニヤ笑いを浮かべながらこちらを眺めており、その隣で禿げ頭の中年男がこれも卑猥な笑みを浮かべながら、初老の男に話しかけている。
「久々の大漁ですな。社長、いかがですか、我々のお手並みは」
「今回は親分のところよりも、銀子たちのお手柄だと聞いているがね」
「いやあ、葉桜団と森田組は今や一心同体ですからね」
禿げ頭の男が卑屈な笑い声を上げる。
「しかし三人とも中々の玉なのは間違いない。二人はかなりとうが立っているが、あの小夜子や美沙江の母親ということなら色々と使い道もある。もう一人のピチピチした女子大生も、京子の跡継ぎにはちょうど良いじゃないか」
「跡継ぎって……京子はこれからもバンバン稼いでもらうつもりですが」
「あれだけ毎日のように種を仕込まれているんだ。妊娠することもあるだろう。もし孕んだら静子夫人と同じように妊婦ヌード、そして出産ショーのスターとして働いてもらわなければならん。そのためにも、常に跡継ぎのことを考えておかなければ」
「なるほど。静子夫人の代わりは珠江や小夜子がいますが、京子の代わりはいませんからな」
立ち縛りにされていく久美子の耳に、そんなおぞましい会話が聞こえてくる。
社長と呼ばれるちょび髭の初老の男が田代、親分と呼ばれる禿げ頭の中年男が森田らしい。静子夫人や村瀬姉弟の誘拐の陰に、森田組という名のやくざが絡んでいるらしいことは山崎も掴んでいた。
しかしこの森田組というやくざの実態がさっぱり掴めなかったのである。通常の暴力団のように特定の縄張りをもってそこから上がるみかじめ料などの収入がある訳でもなく、また、自ら土木建設や不動産などの表の稼業に乗り出している気配もない。
まして麻薬、覚せい剤、賭場や大掛かりな売春などの非合法な商売に手を出している形跡もない。いったいどこで何をしているのか分からない集団だったのだ。
森田組は誘拐・拉致といった非合法な部分を別にすれば、今で言えばAVプロダクションと風俗ビジネスを合体させたものに近い。
物語の舞台となっている昭和30年代にも、ブルーフィルムや秘密写真といったポルノグラフィや、それを扱う業者も存在した。しかし、その手のポルノ業者が扱っている写真や映画は売春宿を営んでいるやくざが撮った商売女のものや、やくざの女そのものをモデルにしたものがほとんどであり、女優の質も、写真や映画そのものの質も極めて低いものだった。
吉原や島原といった巨大な遊郭が公然と営まれ、超一流の浮世絵画家が春画を手掛けていた江戸時代に比べると、富国強兵が国策として打ち出され、儒教思想が復活した明治以降の日本は一気にポルノ後進国に転落した。
戦後、米軍の占領下で駐留軍の兵士の性欲を処理する目的で公娼が認められたこと、および戦前の価値観の否定が進んだことで、日本に再びポルノグラフィが生まれようとしていた。
森田が葉桜団を通じて静子夫人という希有の素材を得たことが、ポルノ業者としてはセンス抜群であった森田組を飛躍させることになった。

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