155.一網打尽(3)

「すると、今度も捨太郎のお手柄って訳か」
ウィスキーの水割りのグラスを手にした田代が川田に訊ねる。
「へい。奴がいつの間にか工場から抜け出して、門の外で隠れていたらしいんで。それから山崎の車が門の外に出たところに前に飛び出して、身体をぶつけて無理やりに車を止めたって訳でさあ」
まったく、捨太郎の奴でないと出来ない芸当でさあと川田は苦笑する。
「捨太郎は山崎が仲間を連れてくることを予測していたのか?」
森田がウィスキーで口を湿らせながら訊く。
「それがどうも、そうでもないようなんで」
吉沢が困ったように首を振る。
「後で奴に聞いてみたんですが、山崎が車を降りてから、車が勝手に逃げ出さないか心配になったらしいんで」
「車が勝手に逃げ出すだって? 運転手もいねえのに勝手に逃げ出す訳がないだろう」
「そこんところは馬鹿の――いや、失礼、捨太郎の考えることですからよくわかりません」
「いずれにしても奴のおかげで危機一髪を免れたって訳だ。捨太郎が今回の件の最大の功労者だな」
「それで、捨太郎の怪我の具合はどうなんだ?」
今度は田代が訊ねる。
「あばらに二、三本ひびが入ったみてえですが、本人は何ともねえって顔をしてまさあ。ただ、さすがに今夜のショーの稽古は中止にしてやりました」
「まあ、捨太郎のことだからいざとなったらぶっつけ本番でも大丈夫だろう。今日のところはゆっくり休ませてやるんだな」
森田はそう言うと地下室の天井の梁に取り付けられた滑車に、鎖で吊るされている山崎と、黒いボディスーツに身を包んだ金髪の女に目を向ける。
地下室の中には田代、森田、川田、吉沢の4人が山崎と金髪の女を取り囲むようにしている。
少し離れた床の上には久美子が小刻みに身体を震わせながら、山崎から必死で目を背けている。
自分が鬼源や葉桜団による拷問に屈し、兄をおびき出すことに加担したため、山崎だけでなく兄に手を貸した見知らぬ外人女性までも地獄に引き入れてしまった。激しい後悔が久美子の心と身体を苛んでいるのだ。
「しかし山崎を捕らえるつもりが、思わぬおまけが手に入ったもんだ。いったいこの外人女は何者だ?」
「さあ」
川田は首を捻る。
「どこかで見たような気がするんですが……どうも思い出せねえんでさあ」
「ふん、よく見ると映画女優みてえな美人じゃないか」
田代が女の顔をのぞき込むようにする。女は嫌悪にしかめた顔を背ける。
「実際、女優なんじゃないですかい?」
「まさか」
森田は苦笑する。
「おい、山崎。この女は一体誰なんだ。おまえのイロかい?」
川田が山崎の顎に手をかけてぐいと引き上げる。
「京子を俺たちに取られたもんだから、さっそく新しい女を作ったって訳か? おめえも随分薄情な奴だな」
「それも金髪女とはたいしたもんだ。さすがは名探偵。隅に置けねえぜ」
川田と吉沢が口々に山崎をからかう。
「下種の勘ぐりをするんじゃない」
山崎は二人を睨みつけると吐き捨てるように言う。
「何だって?」
川田は顔色を変えるといきなる山崎の顔を拳で殴りつける。
「暴力はやめなさいっ!」
それまでじっと黙っていた金髪の女が怒声を上げたので、男たちは目を丸くする。
「なんだ、この女、日本語がしゃべれるじゃないか」
川田は女に近づくと顔をのぞき込む。
「おい、お前、名前は何だ? 齢はいくつだ? 山崎とはどういう関係だ?」
「ついでにバスト、ウェスト、ヒップのサイズを教えてもらおうか」
吉沢もまたニヤニヤ笑いながら女に近づき、ボディスーツに包まれた豊満なヒップを片手でそろりと撫で上げる。
「Qu’est-ce que vous faites! Vous bete!(何をするのっ! 獣っ!)」
女は甲高い声で叫ぶと、すらりと伸びた肢をばたつかせながら吉沢の顔に唾を吐きかける。
女の唾がまともに目に入った吉沢は顔を真っ赤にすると「こ、このアマっ!」と叫び、女につかみかかろうとする。
「やめなっ! 吉沢っ」
森田が吉沢を制止する。
「縛られた女相手に何をやってるんだ」
「し、しかし親分……この女、男の顔に唾を……」
「吉沢、お前はまだ女の仕込み方がわからねえのか」
森田はうんざりしたような顔になる。
「女の正体を吐かせたいのなら、森田組流のやり方があるだろう。こんないい女を殴る蹴るなんてのは愚の骨頂だ」
「親分の言うとおりでさあ。すいやせん」
吉沢は頭を下げる。
「用意しな、川田」
「待ってました」
川田は頷くと部屋の隅から洗面器、バケツ、グリセリンの入った瓶、そしてガラス製の浣腸器を持ってくる。
川田は洗面器にグリセリン液を注ぎ込むと、バケツに入った水でそれを希釈する。そしてその溶液を浣腸器に一杯に吸い上げる。
そんな川田の作業を目にした久美子は「や、やめてっ! そ、そんなことはやめてっ!」と叫ぶ。
「ギャアギャアうるさいぜ。静かにするんだ」
吉沢は久美子の頬を平手打ちすると、猿轡をかけていく。川田はそんな久美子の姿にちらりと目をやると、ポケットから折り畳み式のナイフを取り出し、パシンと音を立てて開く。
「な、何をするつもりだ……」
さすがに山崎は顔色を変える。川田はかまわず女に近づき、ナイフの背を女の顔に当てる。
「ひっ……」
女の顔が引きつり、喉が笛のような音を立てる。
「馬鹿なことはやめろっ!」
山崎は身をよじらせながら抗議の声を上げる。
「うるせえ奴だ。黙らせろ」
森田の指示に吉沢が「へい」と頷き、久美子同様猿轡をかけていく。山崎は必死で抵抗するが、両手を縛られ、天井から吊るされた身ではどうすることも出来ない。
川田はニヤニヤ笑いながら金髪の美女の滑らかな身体の線に沿ってナイフを滑らせる。そして黒いボディスーツの腰のあたりの布地をつまみ上げると、ナイフですっと切れ目を入れる。

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