173.敗北の兄妹(13)

「さあ、景気よく立ち小便をして蝋燭の火を消すんだ」
「そ、そんな……」
あまりにも羞かしい銀子の命令に、久美子は気が遠くなるような思いになる。蝋燭を立てられた洗面器を前にして硬直した身体をブルブル震わせている久美子を、男たちはさも楽しそうに眺めている。
「何を愚図愚図しているんだい。さっさと発射しないか」
朱美はそう久美子を怒鳴りつけると、逞しいまでに張り出したヒップを思いきり蹴り上げる。
「あっ……」
たたらを踏んでよろめく久美子に、ズベ公たちの哄笑が浴びせられる。
「立ち小便くらいでいちいち恥ずかしがっていたら、性の奴隷なんて勤まらないよ。京子だって、小夜子だってそれくらいのことは当たり前にこなすんだよ」
そんなにてこずらせるようなら、やっぱり美紀夫人や絹代夫人にやらせようかねえ、という銀子の言葉を耳にした久美子は「ま、待って!」と声を上げる。
「どうした、久美子。やる気になったのかい?」
「は、はい……」
久美子は悲痛な表情で頷く。
「それじゃあ始めるんだ。思いきり勢いをつけてシャーッとやらかさないと、蝋燭が消えないから気をつけるんだね。失敗したら美紀夫人も絹代夫人も最初の予定どおり母娘でレズショーを演じなきゃならないんだから、責任重大だよ」
そう銀子に念を押された久美子だったが、もはや目の前で妖しい光を放つ蝋燭の火を消すことだけで頭が一杯になっているのか、悲痛な表情を前に向けているばかりである。
やがて久美子は覚悟を決めたようにゆっくりと両腿を開くと、羞恥の箇所をぐいと前に突き出す。思わずからかいの声を上げようとした義子を銀子が制する。久美子の引き締まった腰部がブルッと震え、股間から一条の銀の水流が迸り出る。
「うっ、ううっ……」
久美子から放たれた奔流はどうにか洗面器の縁を濡らすが、蝋燭には届かない。懸命に身を捩る久美子の表情が悲壮さを増していく。
「どうしたの。届いていないわよ」
銀子の声に久美子は口惜しげに顔を歪めると、腰を大きく前後に振り始める。
思い余ったような久美子の大胆な行動にさすがの銀子も呆気に取られる。銀の水流が前後に振られ、床をしとどに濡らして行くが、久美子が思いきり腰を前に突き出した瞬間、水流の先端が蝋燭の炎を捕らえる。
ジュッという小さな音と共に蝋燭の炎が消える。それを待っていたかのように久美子の水流の勢いが弱まり、まるで蔦がからまるように内腿を濡らして行く。
ハア、ハアと荒い息を吐いている久美子に銀子がつかつかと近寄るといきなり頬を平手打ちする。
「なんてみっともないことをするんだい。床がびしょ濡れじゃないか」
そう怒鳴りつけられた久美子は耐え難いほどの羞恥と屈辱、そして口惜しさのあまり嗚咽するばかりだった。
「こんなことが芸だと思っているのかい、ええ、久美子」
なおも詰め寄る久美子に田代が「まあまあ、それくらいにしておけ」と声をかける。
「蝋燭を消したことは確かだ。床を濡らさないようにやれと言わなかったこちらの落ち度もある」
「しかし社長……」
不満そうな顔をしている銀子に「岩崎親分を迎えてのショーの準備が遅れ気味だ。ちょっとペースを上げて行かないと間に合わん」と首を振る。
「しょうがないね。今日のところは許してやるけど、今度からはこんな不精をしたら承知しないよ」
銀子は腹立たしげに久美子の尻をパシッと叩く。
「それじゃあショーの準備は予定どおり続けるとして、この別嬪さんたちをどうしますかね」
川田がニヤニヤ笑いながら森田に尋ねる。
「そうだな」
森田は首を捻って少しの間考え込んでいたが、やがて口を開く。
「金髪の別嬪さんは捨太郎とお見合いだ。うまくいけばショーに間に合うかもしれん。義子とマリで連れて行ってやってくれ」
「わかりました」
義子とマリが同時に返事をする。
「静子夫人と珠江夫人の次は金髪美人か。捨太郎の奴もついてやがるぜ」
川田と吉沢が顔を見合わせて笑い合う。
「美紀夫人と絹代夫人はショーに出演するためにはまだまだお色気が足らないな。ここは女奴隷の先輩がじっくりと仕込んでやることが大事だ」
「というと、いよいよ静子夫人の出番ね」
銀子がニヤリと笑うと、その美紀夫人と絹代夫人の表情が一変する。
「そのとおりだ。すまんが銀子と朱美は助手役をしてやってくれ。調教そのものはあくまで静子夫人主体でやらせるんだ」
「それは見物だわ。遠山財閥夫人が年上のご友人二人をどんな風に淫らにいたぶるのかじっくり勉強させてもらうわ」
銀子はそう言うとさも楽しそうに声を上げて笑う。
「でも、千代夫人の方は大丈夫なの?」
朱美が心配そうに尋ねると、田代が「大事な時期だから千代夫人にも我儘は言わせないさ。それに静子夫人が妊娠してから責めらしい責めが出来なくて、千代夫人も退屈しているところだ」と答える。
「なるほど、静子夫人にお二人を責めさせることそのものが彼女に対する責めになるって訳ね」
朱美は納得したと言う風にニヤリと笑う。
「どっちにしても岩崎親分が滞在している間は千代夫人にもおとなしくしてもらわないとな」
森田がそう言いながら川田の方をちらと見る。
「まったく、面目ねえ」
千代の兄である川田が頭をかく。遠山家の新しい女主人となった千代は森田組の大事な金づるだが、その反面、特に静子夫人にからむことでは時折異常な面を見せることで持て余しているのも事実である。
「川田と吉沢はヘッポコ探偵と久美子を、二階に連れて行って京子たちのショーを見学させるんだ。実演ショーでの腰の振り方をじっくり覚えてもらわないとな」
「そいつは面白え」
川田と吉沢は顔を見合わせて笑い合う。
「京子が山崎の顔を見たらどんなに驚くか、こりゃ楽しみだ」
川田のその言葉を聞いた山崎の表情が苦しげに歪む。
恋人の京子が敵の手に落ちて以来、どれほど悲惨な目にあっているかは、差出人が不明のまま届けられた荷物の中の写真やテープでおおむね分かっていた。
しかしながら写真で見たりテープで聞いたりするのと、実際の現場をこの目で見るのとでは全く違う。さっきまで目の前で行われていた村瀬宝石店社長夫人の美紀、千原流華道家元夫人の絹代、そして妹の久美子に対する淫虐な責め。捕らわれて間もない三人が既に激しい性の拷問に喘いでいるのを見ると、京子や静子夫人がどれほどの責め苦に呻吟しているのか、山崎は想像するだけで恐ろしくなりほどだった。
そして、それが元々は一連の事件の発端となった桂子誘拐の身の代金受け渡しの場で山崎が犯した失態に端を発するものなのだ。

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