「まあ、あんまり心配してもしょうがないわ。それこそ直江が目を光らしているだろうから」
「いっそ節子もポルノ映画のスターにしてしまうか」
「まさか」
苦笑した町子だったが、ふと真面目な顔になる。
「それも面白いかも知れないわね。といっても節子の絡みを撮っても絵にならないから、雪路と組ませるのが良いんだろうけど」
「帰ったら直江に相談してみよう」
岡田は腕時計を見て「そろそろ行くか」と町子を促す。
「そうね。森田組専属女優っていうのがどんなものなのか、見せてもらおうじゃないの」
「雪路や雅子よりもいい女がいたら、和洋産業製作の映画に出演交渉をしてみるか」
「やくざが囲っているポルノ女優なんかに、あの二人よりもいい女がいる訳がないじゃない。馬鹿馬鹿しい」
町子は噴き出すと岡田の肩を叩き、屋敷の門に向かって歩き始めるのだった。
岡田と町子が訪いを入れると、髪を茶色に染めたまだ少女といって良い年頃の女が迎えに現れる。
「和洋産業の岡田と申します。こちらは秘書の町子です」
「お待ちしておりました。こちらにおいでください」
女は見かけによらず丁寧なお辞儀をすると、二人を邸内に招き入れる。
「秘書は内田さんじゃないの」
「まさか愛人と言う訳にもいかないだろう」
町子と岡田がそんなことを小声で話しながら、女に先導されて廊下を歩く。
廊下の扉の前で女は振り向く。
「申し遅れましたが、私、葉桜団のマリと申します。本日はお客様のお世話を申しつかっておりますので、よろしくお願い致します」
マリと名乗った女は改めて岡田と町子に深々とお辞儀をする。
「こちらこそよろしく」
恐縮した岡田はマリに向かって頭を下げ、町子もそれに倣う。
「ひょっとしてあなた、葉桜団の」
「はい、ケチなズベ公の集まりです。よろしくお引き立てください」
マリは微笑して会釈する。
「ショーの開始まで少し時間があります。それまでこちらでおくつろぎください」
三人は階段を上り、二階に上がる。階段の脇の部屋の扉をマリが開けると、そこはホームバーになっており、カウンターの中にはいがぐり頭のバーテンの男が、そしてカウンターには先客らしい男が二名カウンターに座り、何かを指さしながら楽しげに話し合っているのが見える。
「それではごゆっくり。ショーの時間になったら迎えに上がります」
マリはそう言うとカウンターの中の男に向かって「それじゃ、五郎ちゃん、よろしくね」と声をかける。五郎と呼ばれた男が会釈をしたのを見てマリはてホームバーを出る。
カウンターの客の一人が関口一家の組長であることに気づいた岡田が声をかける。
「関口さん」
「やあ、岡田さん、やっと来たか」
手招きする関口の隣りに岡田が座り、その横に町子が座る。
「お声をかけていただいてありがとうございます」
「いやいや、女の目利きは岡田さんの方がはるかに上だ。今日はよろしく頼むよ」
関口がそう言って何度も頷く。
「そっちは奥さんかい」
「いや、そんな洒落たもんじゃないんですが」
岡田がそう言いかけると町子が「町子と言います。よろしくお願いします」と割り込み、お辞儀をする。
「いや、こちらこそよろしく」
関口は鷹揚に頷くと岡田に「なかなか別嬪さんじゃないか」と声をかける。岡田は苦笑しながら頭をかく。
「うちの若頭の石田は知ってるな」
関口が、岡田の反対側に座る坊主頭の男に視線を向ける。石田と呼ばれた男はニヤリと笑い、岡田に会釈をする。
「はい、いつもお世話になってます」
岡田がそう言うと石田がまるで女のような高い声で「お世話になっているのはこっちの方ですよ」と言ったので町子は驚く。
「こいつは顔と声が全然釣り合わねえから、初めてあった人はたいてい驚くんだ」
関口が楽しそうに笑う。
一通り挨拶が終わったのを見計らって、五郎と呼ばれたいがぐり頭のバーテンが岡田と町子に「何かお飲みになりますか」と声をかける。
「ビールをもらおう」
「私も」
二人がそう答えるとバーテンは「かしこまりました」と言って、カウンターの上に冷えたグラスを二つ並べ、ビール瓶の栓を抜くとゆっくりと注ぐ。
岡田と町子は注がれたビールを一気に飲み干すと「旨い」と微笑する。
「ところで関口さん、何を見ていたんですか」
「ああ、これか」
関口はカウンターの上に置かれているアルバムのようなものを岡田に手渡す。
「まあ、見てくれよ。岡田さん」
岡田がアルバムを開き、町子が横から覗き込む。びっしりと貼られた写真を目にした岡田と町子は同時に思わず息を呑む。
「これは……」
それはすべて裸の男女の写真であり、その多くは麻縄で堅く縛り上げられたものである。モノクロでくっきり陰影が付けられたそれらの写真は芸術性さえ感じさせられる。
そのモデルたちはいずれも凄みさえ感じさせる美貌と肉体美の持ち主であり、それは岡田たちによって月影荘の地下に幽閉され、繰る日も繰る日も和洋産業が製作する秘密写真や映画のモデルとして働いている大月雪路と雅子姉妹に匹敵するといって良い。
岡田と町子が驚いたのはそれらの写真のモデルの数とバリエーションである。
人妻らしいしっとりとした美貌の女、髪を三つ編みにした清楚な美少女、迫力のある肉体美を誇るような若い女、硬質な美しさを見せる令嬢風の美女――。
「これが全部、森田組の専属の女優なんですか」
岡田の問いに関口は「女優だけじゃない、男優もいるぜ」とアルバムのページをめくり、ギリシャ彫刻を思わせる美少年の裸像を指さす。
町子はその少年の整った美貌に、思わず目が釘付けになる。
「全部で何人いるんですか」
「十人は下らないって聞いているぜ」
「まさか……」
岡田が思わず首を傾げると、関口が「俺も最初は信じられなかったんだが、女達の素性を聞くと成る程なと思うようになったんだ」と言う。
「素性? どんな素性ですか」
「この女に見覚えはないか、岡田さん」
関口はアルバムに掲載された写真の中で、一際目立つ美貌を示している女のものを指さす。女らしく豊かに盛り上がった乳房とくびれた腰、迫力満点に張り出したヒップ、そして白磁に輝く滑らかな肌、何よりも憂いを帯びた神秘的なまでの美貌――。
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