207.奴隷のお披露目(7)

「皆さま、お待たせしました。これより森田組専属俳優のお披露目ショー、昼の部を開始いたします。私たちがショーの進行役を務めさせていだたく葉桜団の義子と」
「マリでーす。よろしくお願いします」
義子と名乗った関西訛りの少女とマリがそう言うと、ぺこりと挨拶する。
「それでは早速紹介いたします。森田組が誇る大スター、遠山静子夫人です。皆さま、拍手でお迎えください」
派手な音楽が鳴り響き、スポットライトに照らされながら舞台右手から登場したのは町子たちがたった今、話題にしたばかりの遠山静子夫人であった。
静子夫人は紫色の褌のみを身にまとった裸身を、まるで観客に対して誇るかのように胸を張り、堂々と顔を上げて舞台中央へと進むと観客の方へくるりと向きを変えて艶然と微笑む。
(これが静子夫人……)
町子は手を叩くのも忘れ、夫人の神々しいばかりの美貌に思わず目を奪わる。
(なんて美しいのかしら)
伊豆の月影荘に町子たちが捕らえている大月雪路もその名の通り雪白の肌と、ほとんど光を失っているとは思えない叙情的な瞳が印象的な美女だが、初めて実物を目にする静子夫人の美しさはそれとは次元が違うように思える。
静子夫人の陶器のような肌と日本人離れした素晴らしいプロポーション、映画女優を遙かに上回る美貌を見ていると、町子はなぜか胸の鼓動が高まってくるのを押さえられないのだ。
「皆さま、いらっしゃいませ。ただいまご紹介にあずかりました森田組の専属スター、遠山静子でございます」
義子からマイクを受け取った静子夫人は妖艶な微笑を浮かべながらそう言うと、ぺこりと頭を下げる。その瞬間、声もなく静子夫人の美貌に目を奪われていた観客たちは我に返り、いっせいに拍手する。
「本日はご多忙の中、ようこそいらっしゃいました。特に岩崎親分様」
夫人はそう言うと、観客席の中央にいる岩崎大五郎に微笑みかける。
「わざわざ関西からお運びいただき、誠にありがとうございます。森田組の奴隷一同を代表いたしまして、静子、深く御礼申し上げますわ」
静子が深々とお辞儀をすると岩崎は顔を見苦しいほど相好を崩し、何度も頷く。
「こいつは驚いた。あの岩崎親分が静子には随分ご執心のようだ」
関口は、やくざたちの中では半ば伝説視されている岩崎が、静子夫人を見た途端少年のように顔を赤らめたのに驚きの声を上げると、「なるほど、森田組はこの手で岩崎一家に取り入ったのか」と言って頷く。
「本日は私、体調の関係でショーには調教役として参加させていただきます。何卒よろしくお願いします」
「体調の関係ってどう言うことよ」
たちまち観客席から声が飛ぶ。町子が声がした方を見ると、岩崎の隣に座る千代が、意地悪そうな視線を静子に向けているのが見える。
「どうしたの、岩崎親分もいらっしゃるのよ。はっきりおっしゃいよ」
躊躇う静子に、千代がさらに催促するように大声を上げる。その無粋な声音に客たちの数人が露骨に眉をひそめるが、千代は気にする風もない。
「このような場所で申し上げにくいのですが……」
静子夫人は根負けしたように口を開く。
「実は私、妊娠いたしましたの」
夫人がそう言ったので、観客たちは大きくどよめく。
(妊娠……)
町子は驚きに声を失う。岩崎もそのことは初耳なのか、唖然とした表情になっている。
「妊娠したって、いったい誰の子を孕んだというのよ」
「ち、父親の名は分かりませんわ……」
静子夫人がそんなことを告白したので、観客たちはいっそう大きくどよめく。
「ただ、横浜に住む白人の男性としか」
「そう、かつての遠山財閥夫人も、ついに名前も知らない不良外人の子を孕んだって訳ね。傑作だわ」
千代はそう言うと甲高い声で笑い出す。必死で平静を保って来た静子夫人だったが、千代に残酷な言葉を浴びせられ、あまりの惨めさにすすり上げるのだった。
「それでも、女奴隷が子供を生むことを許されるなんて特別のことなんだからね。せいぜい感謝するのよ。いいわね」
「は、はい」
静子夫人は涙に濡れた目を再び観客席に向ける。
「今、千代様がおっしゃられた通り、たとえ父親が誰だか分からなくても、女にとって子供を産むことが出来るのはこの上もない幸せですわ」
静子夫人はそこまで一気に口にすると、憂いを振り切ったように柔和な笑みを浮かべる。
「静子は、この幸せを与えていただいた千代様と、森田組の皆様に感謝への印として、これからもずっと忠誠を尽くすことをお誓い致しますわ。そして……」
夫人はそこでいったん言葉を切る。観客たちは息を殺して静子夫人の次の言葉を待っている。
「臨月の暁には、出産ショーを演じ、その全記録を映画に撮影していただくことを同時にお誓い致します」
静子夫人のそんな衝撃的な言葉を耳にした観客たちは驚きに一瞬言葉を失うが、すぐに割れるような拍手と歓声を舞台上の夫人に浴びせかける。
(出産ショーですって……)
町子はあまりのことに呆気に取られる。
財界の名士である遠山財閥の総帥、遠山隆義の愛妻を誘拐し、姓の奴隷として飼育している――そのことだけでも驚きなのに、森田組はその上、夫人にどこの誰とも分からぬ不良外人の種を植え付け、妊娠させたあげく女の神聖な営みであるはずの出産まで見世物にしようとしているのだ。
女という性に対するこれほどの冒涜、これほどの辱めはあるだろうか。たかが田舎やくざと馬鹿にしていた森田組の底知れぬ残忍さに、町子は背筋が寒くなるのだ。
「いくら何でも、出産ショーなんて……」
町子が呟くようにそう言うと、関口が「森田組も本音のところはそこまでやりたくはないみたいだ」と言う。
「そうなの?」
「ああ、妊娠したらその間は実演ショーには使えないし、出産するとどうしても身体の線が崩れるからな」
「それならどうして?」
「マリって女から聞いたんだが、静子夫人の妊娠は千代夫人の強い意向って話だ。千代って女はもともと遠山家の女中だったんだが、遠山社長が妻と娘を誘拐されたショックで少々頭がおかしくなったことを幸いにうまく取り入り、静子夫人の後釜に座った」
「そんな訳で、静子夫人が万一救出されて娑婆に出てくるようなことがあれば、せっかく掴んだ遠山財閥夫人の地位もおじゃんになる。それで静子夫人が二度と日の当たる場所に出て来る気にならないように、子供を産ませることにしたんだ」
「どうして静子夫人が子供を産むと、救出されようとしなくなるの?」
「静子夫人が産んだ赤ん坊を夫人から引き離して、人質として預かっちまえばいい。優しい性格の夫人のことだから、たとえ無理やり産まされた子供に対してといえど、人一倍愛情を注ぎ込むに違いない。そんな子供を置いたまま静子夫人が逃げられるはずがないって考えたんだ」
「そんな……」
町子は森田組の狡猾さに舌を巻く思いがする。

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