311 桂子の告白(1)

 白熱したショーが終了し、岩崎や弟の時造、岩崎の妾や大塚順子といった一部の客がホストである田代によって割り当てられた部屋に引き上げた後、残りの客の多くは二階のホームバーに集まり、ショーの余韻を楽しむように歓談に興じていた。
 岡田も、関口や石田とともにボックス席で水割りを飲みながら、ショーの感想を熱く語り合っている。
「それにしても森田組も大したもんだ。しばらく前まではこっちのシノギではうちとドッコイドッコイと言ったところだったが、すっかり水をあけられちまったぜ」
 関口が残りの水割りをぐっと開けると溜息を吐くようにそう言う。
「うちは金目当ての女ばっかりですからね」
 石田もそう言って頷くが、急に声を潜め、
「だからと言って、ここみてえに危ねえ橋は渡れませんよ。なにせ全員、誘拐してきた女ばかりじゃないですか」
「それもそうだな」
 関口は急に不安そうな顔つきになる。
「てことは、いずれは当局の手が入らないとも限らねえ訳だ」
「そういうことですよ。あまり関わりにならない方がいいと思いますぜ」
 石田がそう言ったとき、岡田が「そうかねえ」と首を傾げる。
「おや、岡田さんには何か違う考えがあるのかい」
「いや、考えってほどじゃないですがね」
 町子は水割りを一口飲むと話し出す。
「山崎って探偵を手に入れたことで、森田組は自分たちを脅かす最大の敵を倒したことになる。それ以外の、例えば当局の人間が森田組を積極的に調べるってことは今のところ考えにくい」
「それはいったいどうしてだい」
「まず、静子夫人の夫であり、桂子の父親である隆義氏ですが、完全に惚けちゃって千代夫人を自分の妻だと思い込んで、意のままに操られているって言うじゃないですか」
「確かにそうだ」
 関口と石田は顔を見合わせて頷き合う。
「村瀬宝石店や千原流華道も同じでさ。宝石屋にしたって、華道家にしたって体面やイメージを重んじる商売ですからね。社長令嬢や家元令嬢がポルノショーのスターに墜ちたなんてスキャンダルが広まったら立ちゆかなくなりますわな」
「唯一の例外は名門出身でも何でもない京子と美津子の姉妹ですが、彼女たちはあいにく両親は早く亡くなっているから、積極的に探そうって身内はいない。二人の恋人は森田組に捕らえられていますしね」
「するってえと森田組は怖いものなしって訳だ」
「彼らにとって怖いのは身内や競争相手のたれ込みですがね」
 岡田はそう言って関口の顔を見る。
「おいおい、俺たちはそんなことはしないぜ」
「関口親分が古い付き合いの森田組を売るなんてことしないのは分かっているますよ。だけど、森田組はそう言うことも警戒して、岩崎組に後ろ盾についてもらったんだと思いますね」
「そこまで考えてやっているとしたら大したもんだ。森田って男は存外な策士だな」
 関口田が感心したようにそう言う。
「全部計画的にやった訳じゃないと思いますが、まあ、運もあるんでしょうね」
「しかし俺たちは岡田さんの洞察力にも感心したぜ。それだけ筋道だって考えられるのは大したもんだ」
「なに、これは全部街この受け売りでさあ」
「町子さんのですか。いや、女だてらに大したもんだ」
 関口と石田がそう言って感心したように唸ったとき、「どうでした、ショーは。お楽しみ頂けましたか」と声がする。
 二人が振り向くと、銀子と朱美が水割りのグラスを持って近づいてくる。
 その後ろには、真っ赤な褌と首輪のみを許された桂子が、まるで奴隷のように引き立てられてくる。
 銀子が尋ねると関口が「もちろんだよ。素晴らしいショーだった」と答える。
「特に最後の、黒人二人を相手にした実演は迫力があった。あれだけのものは外国のポルノフィルムでも滅多に見られないぜ」
「そう言って頂けると、京子と小夜子も悦ぶと思いますわ」
 銀子は口元に淫靡な笑みを浮かべながら答えると、岡田の隣に腰を下ろす。
 朱美は石田の隣に座り、桂子に向かって「あんたは殿方の間に座って、サービスしなさい」と命じる。
「ハイ、お姉さま」
 桂子は素直に頷くと、関口と岡田の間に座る。
「こんな別嬪さんに裸同然で横に座られると、落ち着かないぜ」
 関口はそう言って笑うのだった。
「遠慮しなくて良いんですよ。その娘はお触り自由なんだから」
 朱美はそう言うと、桂子に「そうでしょう、桂子」と尋ねる。
「ハイ、その通りですわ」
 桂子は頷くと、岡田の空いたグラスを取り上げ、水割りを作り出す。
「お触りになりたければ、桂子のおっぱいでもお尻でも、ご自由にお触りくださいね」
「そうかい、それじゃ遠慮無く」
 岡田はそう言うと、桂子の尻に手を伸ばすのだった。
「ところで岡田さんはどうでした、何かお好みのものはありました?」
 朱美が尋ねる。
「そうだな」
 岡田は桂子の尻を撫でながら答える。
「どれも素晴らしかったが、こちらのお嬢さんも出演した時代劇仕立てのものが趣向が変わっていて、面白かったな」
「桂子、あんたが出たショーが面白かったんだって。お礼を言いなさい」
「ありがとうございます。お褒めいただいて光栄ですわ」
 桂子は岡田に向かって深々と頭を下げる。
「こりゃ恐縮だな。若いのに、随分行儀の良いお嬢さんだ」
「そりゃあこれでも遠山財閥令嬢ですからね」
 朱美はそう言って笑う。
「でも、この桂子も、以前はあたしたちと同様、ズベ公の真似事をして粋がっていたんですよ。なにせ、葉桜団の銀子の前の団長ですから」
 朱美がそう言うと、桂子はさも恥ずかしげに顔を伏せるのだった。
「それじゃ、君たちは自分たちの女親分を奴隷にしてるってわけなのかい」
「そういうわけじゃないですよ。いや、そうなのかな」
 朱美が首を傾げると、銀子が
「女親分を奴隷にしたんじゃなくて、いずれ奴隷にするつもりで祭りあげていたんですよ」
「そうそう、不良の真似をするのも金持ちのお嬢さんの道楽。その道楽に付き合ってあげていたのを、勘違いしちゃったみたいなんですよね」
 銀子と朱美は桂子の頭をポンポン叩きながら、顔を見合わせて笑い合うのだ。
「お芝居に話を戻すと、あれは川田さんや鬼源さんも力が入っていたんですよ」
「お二人も大熱演でしたな」
「遣り手婆の役なんて恥ずかしいわ」
 銀子と朱美はそう言って再び笑い合う。
「石田さんはどうでした、何がお好みのものはありましたか」
「俺もどれも良かったけど、今回しか見られないって意味では、山崎って探偵と、その妹の実演ショーかな」
「あのコンビなら、これからでも見られますよ」
「でも、妹が処女を散らすって言うのはこれっきりだろう」
「そう言えばそうですね。確かに貴重なショーだ」
 銀子と朱美は頷き合う。

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