「甘えるんじゃないわよ」
香織はしのぶの頬をピシャリと平手打ちする。
「あっ」
しのぶは頬を押さえてうずくまる。
「父兄がきているからどうだっていうのよ。どのみち、うちのお客はほとんどがこのニュータウンの住人、いわばご近所さんよ」
香織はしのぶの髪の毛を乱暴につかんで引き起こす。
「い……痛い、痛いっ」
「もう素っ裸を見られちゃってるのよ。ぐずぐず言うならあなたが沢木さんのおチンチンくわえながらウンチをひり出している写真を、お客全員に回覧するけど、それでもいいっていうの?」
「や、やめてっ」
しのぶは髪が抜けるような痛みに顔をしかめながら悲鳴をあげる。
「わっ、わかりました。言うとおりに致しますわ」
「わかったら度胸付けにこれを一杯飲んで行きなさい」
香織はしのぶに緑色の液体の入ったグラスを差し出す。
「また変なお薬なんでしょう……」
「心配しなくても習慣性や副作用はほとんどないわ」
しのぶは気弱に香織を見るが、香織の冷たい視線を感じてすぐに諦めたようにグラスを受け取り、ぐいと飲み干す。
たちまちしのぶのからだが熱くなり、頭がぼうっと霞がかかったようになる。
「さあ、愚図愚図しないで始めるのよ!」
香織はしのぶの豊かに実った尻をぴしゃりと叩く。それを合図にしたようにしのぶは覚悟を決めて再びステージに登場する。酔客の喝采の声が一斉にあがる。
T-BOLANの「離したくはない」が大音量で鳴り響き、しのぶは艶然と微笑んで観客を見渡すと、ゆっくりと腰を落す。
(ああ……もう、どうにでもなるがいいわ)
しのぶは毒を食らえば皿までといった気持ちで、落とした腰をぐいと突き出すようにすると、大胆に両腿を割る。
「ひゃーっ」
「彩香ちゃん、たまんないっ」
男達の奇声、そして拍手と口笛が湧き起こる。
香織は満足げにうなずいてカウンターに戻るが、その途中に先程のメモを素早く黒田に手渡す。黒田はニヤリと笑うと香織と入れ替わりでカウンターからボックスに戻った沢木にメモを見せる。
「ねえ……皆さん。そんなに遠くにいないで……もっと近くにいらして」
そんな科白まで演出として仕込まれているのか、しのぶは艶っぽい微笑を顔に貼り付けたまま、甘えた声で観客に呼びかける。
そんな声に吸い寄せられるように、カウンターの脇坂達はふらふらと立ち上がり、しのぶの下半身の前に座り込む。
「そちらのお客様も……遠慮しないで」
「え?」
想像を越えた成り行きに呆然としていた小川は、いきなりしのぶに声をかけられて間の抜けた声を出す。
「そうよ……もっと近くで見てくれないと嫌ですわ」
しのぶに声をかけられた小川は催眠術にかけられたようにステージに吸い寄せられ、脇坂達の隣に座り込む。
「おおっ、パイパンじゃないか」
脇坂がしのぶのすっかり陰りを失った秘所を見て、感極まったような声を上げる。
しのぶのその部分は色素の沈着も少なく、37歳という年齢が信じられないほどの新鮮さを感じさせる。露出の快感に既に興奮しているのか、果肉は早くもぽってりと充血し、秘奥から溢れ出した花蜜がライトにキラキラと輝いている。
「ご覧になれるかしら?」
しのぶが掠れた声で囁くと、目を皿のようにしてしのぶの秘部を見つめている脇坂が「いや、はっきりと見えないな」とわざとらしく首をひねる。
「もう、意地悪……」
しのぶは甘えた声を上げると、両腿をさらに大きく
開く。しのぶの無毛のその箇所はすっかりくつろいだようになり、薔薇色の花唇がはっきりと姿を見せる。
「おお、見えた、見えた――」
脇坂は上機嫌で肩を揺すらせる。
小川は脇坂達の隣でしのぶのあられもない姿にすっかり見とれている。
(裕子の友達だという人妻がこんな……信じられない)
香織の問いにとっさに「小川」と名乗った小椋裕子の夫、道夫はしのぶが時々艶っぽい視線を送ってくるのを避けるように慌てて目を伏せる。しかし、しのぶの花園から発すると思われる甘酸っぱい芳香を感じると、再び魅せられたように顔を上げ、その部分を血走った眼で凝視するのだ。
道夫が妻の裕子から、友人である加藤しのぶの様子がおかしく、それはどうもしのぶが最近始めた駅前のスナック「かおり」でのアルバイトと関係がありそうだということを聞いたのは3日前のことだった。
ジョギング中に出会ったしのぶが「とんでもない格好」をしており(具体的にどんな格好だったのか、裕子は道夫にはっきりと説明はしなかったが)、それを不審に思った裕子が、PTA会長というネットワークを生かして方々に聞き回ったのである。すると、しのぶが1カ月ほど前から「かおり」で働き始めたらしいという情報を役員の一人から得たのである。
たまたましのぶの顔を知っていたその役員の夫が、会社の近くで飲んだ後、飲み足りなくて普段は行ったことがない「かおり」に足を踏み入れたら、しのぶが酔客の相手をしていたというのだ。
しのぶはウィッグをつけており、さらにいつもは自然な薄化粧がかなり派手であったいたことから、しばらくはわからなかったらしい。しかし、しのぶが相手をしていたボックスの酔客の一人が、店では「彩香」と呼ばれているしのぶのことを本名で呼んだため、気づいたとのことである。
その名で呼ばれた時、しのぶはさっと表情を硬くして、落ち着かなげにあたりを見回したという。
帰宅した男が妻に、しのぶが「まるでピンサロの女の子のような振る舞いをしていた」と話したので、時ならぬ家庭争議が勃発しかけたのはあくまでも余談である。
道夫は裕子から、そのスナックの様子を探ってくるように依頼されたのだ。仕事が忙しくて、妻とは違い近所との付き合いやPTAには縁のない道夫はしのぶの顔も知らなかったため、裕子がPTAの行事でしのぶと同席した時に撮った数少ない写真を見せられた。
それでもここのところの残業続きで、一昨日、昨日と行くことができなかったのが、裕子に散々せっつかれて今日ようやく来店出来たのである。
道夫もその役員の夫と同様の、いや、それ以上の感想を得ていた。あくまで特定の客に対して痴態をさらすピンクサロンの女に比し、しのぶはスナックの客全員に対して臓物を晒すような行為を演じているのだ。
ストリップ劇場に足を運べば珍しくもない光景だが、それが自分が住むニュータウンのターミナル付近のスナックで、妻の友人の主婦により展開されているという日常と非日常の混在がなんとも刺激的である。
(しかし……自分の妻がこんなことをしているのをまさか旦那は知らないだろうな。いったいどうしてこんなことになったんだ)
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