第59話 駅前の晒し者(2)

裕子はその性格上、物事を整理して効率的に進めない時が済まない方であったため、自分が引き継がれた時に比べると、ファイリングもマニュアルも格段に整えて後任のために備えた。
しかしながら引き継ぎにあたって、裕子が副会長としての職務を噛んで含めるように教えても文子はさも面倒臭そうに聞き、思わず裕子が苛立ちの表情を浮かべると、たちまち逆切れして裕子を悩ませたのだ。
一流大学を卒業して大学の講師まで務める裕子に比べ、文子は高校しか出ておらずそもそも社会に出て働いた経験もない。そんな文子の裕子に対する劣等感が一気に噴き出た結果となり、とにかく一応は引き継ぎを終えた後も、裕子は後味の悪さを拭うことが出来なかった。
友人らしい同年配の女性と2人連れのいかにも買い物帰りといった感じの文子は、愕然とした表情でしばらくの間立ちどまると、連れの女と二言、三事言葉を交わしてから扇情的な姿の裕子に近づいて来た。
「……小椋さんじゃない?」
文子は裕子に顔を近づけて尋ねる。
「い、いえ……」
思わず顔を背ける裕子だが、文子は近くで見ることで確信を得たのか、その細い目は獲物を見つけた肉食獣のような酷薄なものに変化する。
「あら、どうして顔をそらすの? 小椋裕子さん」
文子がわざとらしく声を高めると、裕子は慌てて思わずすがるような目を向ける。
「どうしたの? 佐藤さん」
文子の連れの、小柄で色黒の女が裕子に近づく。
「前の副会長の小椋さんを見かけたから挨拶をしていたところよ」
「小椋さんですって?」
女は裕子に視線を向け、驚きの声を上げる。
「……本当だわ。随分感じが変わったんで分からなかったけど」
女は露出的な扮装をした裕子を頭から爪先まで眺め回す。
「覚えてないかしら? 瀬尾良江さんよ。私と一緒に自治会の書記をやってくれているわ」
「あ……」
裕子はようやく思い出す。常に文子の陰にいて、言葉を発することも少なかったので印象が薄く、裕子の記憶からはほとんど抜け落ちていた。
そういえば、良江は性格的に陰気なだけでなく、事務能力の乏しさは文子と良い勝負であり、裕子と同時期の自治会の書記がやはり引き継ぎに苦労したとこぼしているのを聞いたことがある。
「小椋さんったら、こちらがさっきから挨拶しているのに返事もしてくれないのよ。どうかと思うわ」
文子がことさらに声音を高めてそういうと、裕子は切羽詰まったように「す、すみません。すっかり御無沙汰しており失礼致します」と答える。
「ふん……」
文子は勝ち誇ったような表情で裕子の身体の上から下まで眺め回す。
「それにしても、小椋さんは大学の講師だと聞いていたけれど、こんなお仕事もしているとは知らなかったわ」
「そうね、それにその格好。どういう心境の変化かしら。まるで露出狂みたいよ」
「でも見せびらかしたいだけあって、いい身体をしているわ。私達も見習わなきゃ」
文子と良江の揶揄の言葉に裕子は思わず悄然とうなだれるが、後方に駐車している車の中から注がれている香織の冷たい視線を肌に感じ、文子と良江に「す、すみません。仕事中ですので」と声をかけると、ふたたび声を張り上げる。
「ス、スナックかおりです! よ、よろしくお願いします」
「まあ、私達を無視するつもりかしら」
良江は憤然とした表情で口をとがらせる。
「まあいいじゃないの」
文子はニヤリと笑い、裕子に意味ありげな視線を送ると文子をうながしてその場を去る。
(ああ……選りに選って佐藤さんに見られるなんて……どんな風に思われたかしら)
いかに年齢に比べると若々しいとはいえ、38歳と42歳の熟女が肌も露わにして白昼の路上でティッシュを配っているのである。その異様な光景に多くの人は眉をひそめ、しのぶと裕子を避けて歩いて行くが、なかには面白がって2人の美熟女に近寄り、無遠慮に大き目の尻やふっくらした乳房をなで回していく男達もいる。やがて健一とさほど年が違わない高校生風の少年4人が、2人の人妻を取り囲んだ。
「こんなところですごい格好しているじゃないの、おばさん」
「純真な青少年に良くない影響を与えるとは思わないの? ええ?」
少年達はしのぶと裕子の肩に手を置いたり、尻を軽く叩いたりしていたが、やがてエスカレートして一人がしのぶを羽交い絞めするようにすると他の3人が太腿や尻を撫でさすったり、乳房をやわやわと揉みしだいたりし始める。
「や、やめてください」
しのぶは身を捩じらせて抗おうとするが少年の力は思いのほか強く、振り払うことが出来ない。
「だ、駄目……やめて」
「こんな色キチガイみたいな格好をして、今更やめてはないだろう」
「さわって減るもんじゃなし、ケチケチするなよ。おばさん」
「逆らうとこの場で素っ裸にしちゃうぜ、いいのかい?」
息子ほどの年の少年たちにいいように嬲りものにされるしのぶ。通行人も面白がってしのぶを取り巻いてその様子を眺めている。
「や、やめなさい、あなたたち」
おろおろと成り行きを見ていた裕子がたまりかねて止めに入る。
「なんだい、手を出されないので癪なのかい? おばさん」
「後でゆっくり触ってやるから、並んで順番を待ってな」
少年たちはゲラゲラ笑い出す。ちょうどその時、2駅隣りの進学塾に通う香奈が、友人の山崎留美とともにその場に通りかかった。
「……ねえ、香奈。あれ、凄いわね。あの女の人たち。いくら仕事だからって、こんな人通りの多いところで良くあんな格好が出来ると思わない?」
留美の言葉に視線を向けた香奈は驚きに目を瞠った。
(マ、ママ!……)
かなり濃い化粧をしており、ヘアスタイルも変えているが、白昼の路上で痴漢同然の行為を受け、身悶えしているのは確かに紛れもなく香奈の母親、しのぶである。
(ママ……どうして……)
「……あの連中、見覚えがあるわ。確かA工業の生徒よ。札付きだけど、あんな格好をしている女の人も悪いわね」
留美は声を潜めてそういうが、香奈は衝撃で呆然とした表情を母親に向けたままである。
良く見ると、母と同じような格好をしたもう一人の美しい女性にも見覚えがある。
(あれは……小椋先輩のお母さんだわ……)
香奈の兄の健一と同じ学年の小椋里佳子は、その美貌と聡明さから下級生の女子にとって憧れの存在である。里佳子の母親でありPTA会長を務める裕子は、しのぶが日頃親しくしていることもあって香奈も何度か話をしたことがある。
特に以前、運動会で香奈が里佳子たちとともに盗撮の被害にあった時に毅然と対応し、加害者からカメラを取り上げ、二度とこのようなことはしない旨、念書まで差し入れさせた裕子の毅然とした姿ははっきりと記憶に残っている。
「どうしたの? 香奈。顔色が悪いわよ」

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