108.母子惑乱(1)

 美紀夫人は悪夢を見ていた。
いきなり足元の地面が割れ、夫人は悲鳴を上げる暇もなく、まるで底無し沼に落ちるようにずるずると地中に引き込まれて行く。いつしか身体を覆っていた衣類もすべて失われ、素っ裸にぬるぬるした不気味な生き物が絡み付く。
助けを求めようとしてあたりを見回すと、ともに田代屋敷に潜入した山崎久美子や千原絹代といった女たちも、やはり裸身を奇怪な生き物に取り付かれながら、ズブズブと沼の中に沈み込んで行くのが見える。
遠くには屋敷の中で目撃した女奴隷たち、野島京子と美津子の姉妹、折原珠江、そして遠山静子が同様に素っ裸でもがき苦しんでいるのが見える。
ふと気が付くと、美紀夫人のすぐ近くを全裸の小夜子と文夫が互いに絡み合いながら沼の中を落ちて行く。愛する娘と息子の名を呼ぼうとした美紀夫人の口の中に、身体にまとわりついていた怪奇な生き物が触手のような先端を侵入させる。
窒息しそうな苦しさにかっと見開いた美紀夫人の目に怪物の姿がはっきりと映る。それは蛇の身体のようないくつもの触手の中央に、津村義雄の残忍な顔が青白く浮かんでいる。津村が開いた口の中でぬめぬめした真っ赤な舌が生き物のように蠢いているのを見た美紀夫人が恐怖に駆られて叫ぼうとした瞬間、目が覚める。
夫人の目に、天井に取り付けられた巨大な鏡が飛び込んでくる。そこに映し出された自らのあられもない姿に夫人は息を呑む。意識を失った美紀夫人は素っ裸のまま津村の部屋の中央のベッドの上で大の字に縛り付けられていたのだ。
夫人は首を上げ、あたりを見回す。ベッドの脇に並べられたソファにはパンツ一枚の春太郎、夏次郎、そしてローブを羽織った津村が座り、酒を酌み交わしている。美紀夫人は、娘の小夜子が素っ裸のままで床の上に跪き、三人の男たちに酌をしているのを見て驚きの声を上げる。
「さ、小夜子さんっ!」
夫人の悲痛な声に小夜子が涙に濡れた瞳を向ける。
「ママ……」
そこまで口にした小夜子は涙で喉を詰まらせる。津村はそんな小夜子を楽しげに眺めていたが、やがて美紀に目を向ける。
「お目覚めですか? 美紀夫人」
津村は美紀に近づくとベッドに腰をかけ、美紀の裸身を撫で回す。
「どうですか? このベッドの寝心地は。気に入ってもらえましたか」
「つ、津村さん、あなたっ……」
抗議の声を上げようとした美紀は、部屋の隅に、素っ裸の文夫が緊縛された身体を立ち縛りにされているのを目にして再び息を呑む。猿轡をかまされた文夫は堅く目を閉じ、肩を小刻みに震わせながら顔を俯かせている。
「文夫さん――」
文夫の哀れな姿を目にした美紀の脳裏に、さきほど目撃した三人の男たちの倒錯的な性愛の姿が蘇る。
意識を失っている間に美紀夫人が見た悪夢――それは夢ではなく、現実に起きていることだと気づいた夫人は愕然として言葉を失う。
「久々の親子三人の対面に、感激のあまり声も出ないってところですか」
そんな美紀夫人にかまわず、津村はぺらぺらとしゃべり続ける。
「奥様が今横たわっているベッド――小夜子もそのベッドの上で処女を散らしたのですよ。天井の大鏡がなかなか素敵でしょう。あれを見ながら愛し合うと、小夜子もとても燃えるようなんです」
そんな津村の声を聞いている小夜子はたまらず嗚咽し始める。
「ぴいぴい泣くのはやめなさいよっ。お酒がまずくなるじゃないの」
春太郎が腹立たしげにそう言うと、足の裏で小夜子の肩先をどんと押す。バランスを失った小夜子が床の上に手をつくのを見た夏次郎が口を挟む。
「まあまあ、乱暴はおやめなさいよ、お春。小夜子はかわいい文夫さんのお姉様なのよ」
「だからと言って甘い顔をする訳にはいかないわ。岩崎親分を迎えたショーの開催はもう三日後に迫っているのよ。本番でメソメソされたんじゃあ辛気臭くてしょうがないわ」
春太郎が口をとがらせるが、津村が小夜子をかばうように口を挟む。
「久しぶりに母親と顔を合わせたんだから思わず感極まったんだろう。無理もない」
津村はそう言うと小夜子の肩を抱きながら猫なで声で囁く。
「ねえ、小夜子。落ち着いたら泣き止んで、ショーのスターとして成長したところを弟と一緒にお母さんに見せるんだ。いいね」
「そんな……」
小夜子は悲痛な表情を津村に向ける。
「ママの前でそんなこと――お願い、それだけは許して」
「駄目だ。これもショーの予行演習だと思ってやるんだ。母親の前で淫婦のようにふるまうことが出来たら、度胸がついてたくさんの客の前でも平気になるからな」
津村の冷たい言葉に小夜子は悲しげに俯く。
「それが出来たら文夫君の調教は今日のところはこれで打ち止めにして、特別に暖かい布団で休めるようにしてあげよう」
「本当ですの?」
小夜子は涙に濡れた瞳を津村に向ける。
「ああ、本当だ」
津村はニヤニヤしながら頷くと、小夜子の耳元に口を寄せる。
「その代わりメソメソしてこれ以上僕たちをてこずらせるようなら、週末のショーに特別プログラムが組まれることになる。出演するのはそこにいる美紀夫人と文夫君だ。そこで実の母と息子はとても恐ろしい行為を演じさせられることになる――」
「やっ、やめてっ!」
小夜子は悲鳴を上げて首を振る。
「それだけは――そんな恐ろしいことだけはやめて」
津村の魂胆は分かっている。母と弟に対して奇形な関係を強制することを脅しにしながら小夜子を思いどおりにしようというのだ。
小夜子が姉とも、恋人とも慕う遠山静子夫人がおぞましい人工授精を施され、調教やショーの場から姿を消してから随分時が経つ。当面の静子夫人の代役には折原珠江があてられたが、田代屋敷で静子夫人と女同士の関係を結ばされた小夜子はここのところまるで胸に穴が空いたような空しさをを感じていた。
これはやはり静子夫人とレズの関係を持たされた京子についても同様のようだった。静子夫人の不在により、彼女を慕う田代屋敷の女奴隷たちから張りが失われていたのである。
そんな折りに美紀、絹代、そして久美子の三人が森田組の手に落ちたのは、新たな女奴隷を得たことそのものと同時に、すでにいる女奴隷たちに緊張感を持たせることとなったのが大きいといえるだろう。
どんな令嬢も令夫人も、実演ショーのスターとしての苛酷な生活を続けて行くうちにいつしか羞恥心も麻痺して行く。すれて平気で股を開くようになった女たちのショーは、演じる女がどんな美人であっても価値は落ちるものだ。
小夜子も母親の美紀の前で、この屋敷に捕らわれたばかりの頃の初々しい羞恥心が蘇っているように見える。躊躇い、含羞、戸惑い、逡巡――そういったものが行為の端々に見えるからこそ森田組のスターの演技には価値があるのだ。
「お義母さんもそんな格好では娘の晴れ姿が見づらいだろう。身体を起こしてやれ」
津村の言葉に春太郎と夏次郎が頷き、ソファから立ち上がる。
文夫を凌辱していた不気味な変質者が近づいて来たのを知った美紀夫人は、さきほど夢の中で蛇のような怪物の触手にまとわりつかれていたおぞまじい感触を思い出し、ぶるっと身体を震わせる。
「どうしたの、私達が近づいただけでそんなに身体を堅くするなんて」

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