206.奴隷のお披露目(6)

 菊の間を出た町子、岡田、関口そして石田の四人はマリによって二階の奥座敷に案内される。
 十畳の和室を二間ぶち抜いたその部屋は、中央奥に黒い幕が引かれた舞台が設置されており、その前にはすでに、おそらくは二〇人を超えるであろう客たちがずらりと並んで座っている。
「あれは岩崎親分じゃないか」
 関口が驚いて声を上げる。
「まさか」
 岡田が首を傾げるが、関口は「いや、確かに岩崎親分だ」と頷く。
 関口の言う通り、座敷の中央の席に二人の女に挟まれて胡座をかいているのは、町子も何度か実話系の雑誌で目にしたことがある、関西で数千人の身内を抱える岩崎一家の親分、岩崎大五郎だった。
 岩崎の左隣には顔に傷のある男が座り、凄みのある目つきで時折あたりを見回している。
「隣にいるのは親分の弟の時造さんだ。間違いない」
 関口はそう言うと何度も頷く。
「みなさん、こちらにどうぞ」
 呆然と突っ立っている岡田と関口に、マリが声をかける。その声に我に返った二人は、マリに先導されて座敷の奥のやや右側の空いた場所に座る。
 少し離れた場所に陣取っている熊沢が関口に向かって会釈をしてきたので、関口は会釈を返す。
「すると、周りにいるのは岩崎一家の身内なの?」
「ほとんどがそうだろう。しかし、森田組が岩崎一家と付き合いがあるとは……」
 関口は嘆声を上げて腕を組む。
「挨拶に行った方が良いんじゃないですか」
「いや……」
 岡田に声をかけられた関口は首を振る。
「どうにも今は様子が分からない。このショーが一段落したあたりを見計らって挨拶しよう」
「そうですな」
 岡田は頷く。
 町子はこの場に日本を代表する大物やくざが出現したことの驚きを感じるよりも、先ほど目にしたばかりの三体の人間花器にすっかり心を奪われていた。
 伝統ある千原流の家元令嬢や後援会長といった高貴な美女たちが、得体の知れないアングラ華道の素材とされているという状況は、町子の興味をいたく刺激した。
 大塚順子のそんな行為は、町子や直江たちのそれと通じるところがあった。
 町子たちもまた、閑静な旅館の奥座敷で日がな一日お琴を弾いて暮らしていた雪路と、親の財産を使ってパリで遊学していた雅子の美姉妹を地下の牢に監禁し、日夜ポルノ女優として酷使している。
 しかもその牢は皮肉にも、元海軍大尉であった二人の父、大月幹造が、先の戦争が本土での決戦に及んだ時に自らが地元の青年たちを指揮して戦うことを想定し、その際に軍規に違反したものを懲罰として監禁するために作ったものなのだ。要するに雪路と雅子は父親が残した檻に繋がれたことになるのだ。
 いずれも高嶺の花を無理やり摘み取り、泥水の中に叩き込んで悦びを得る行為に、倒錯的な嗜虐心を満足させるものだった。しかもいずれも、自らがこれまで大事にして来たものが――それは父親が残した旅館であったり、伝統ある華道の家元だったりする訳だが――自分を辱めるものに転換されるということである。その点では花を使って華道の家元令嬢に凌辱を加える順子のやり口がより徹底していると言えた。
(雪路と雅子をあんな風に人間花器にして、月影荘の座敷の床の間に飾ってやったらどうかしら)
 そんなことを考えると町子はますます興奮し、身体の芯がカッ、カッと熱くなって来るのだった。
「町子、どうした。ぼんやりして。具合でも悪いのか」
 岡田の声に町子ははっと我に返る。
「あ、ああ。何でもないわ」
 町子は首を振る。
「さっきの人間花器に驚いちゃって」
「ああ、俺も驚いた」
 岡田はそう言うと頷く。
「あの大塚順子って女は頭がおかしくなっているとしか思えないな」
「岡田さんはあの人間花器には興味を引かれなかったの」
「確かに最初は驚いたが、あんな美女三人を花瓶代わりにしちまうなんてもったいないこと、俺には考えられないね。ポルノ映画に出演させりゃあ、結構な稼ぎになるじゃないか」
「それはそうだけど」
「そうだな。あの三人は母と娘、家元一家と後援会長といった特別親しい間柄だから、いっそレズのトリオにしちまうのも面白いだろうな。三人入り乱れた白白ショーをやらせりゃ、受けることは間違いなしだぜ」
(この男の考えることはどこまでも即物的だわ)
 町子が呆れぎみに岡田の顔をしげしげと眺めた時、座敷の扉が開き、二人の女が入って来た。
 一人は先ほどの大塚順子である。もう独りの女は豪華な着物に身を包んでいるが、出っ歯が目立つその品のない顔が着物を全く似合わなくしている。女は順子に何やらやかましく話しかけながら、人をかき分けて岩崎の席の近くに向かうのだ。
「あの女は誰なの?」
「さあ、見たことはないな」
 岡田は首を振ると、関口が「あれは遠山財閥夫人だ」と答える。
「遠山財閥夫人? 遠山夫人は遠山静子でしょう?」
 町子が驚いて聞き返すが、関口は「静子夫人は離婚したらしい。あれが新しい遠山財閥夫人の千代さんだ」と答える。
「離婚した……」
 すると遠山静子夫人は、この田代屋敷に誘拐されたばかりでなく、その社会的地位である遠山財閥の総帥、遠山隆義の妻としての立場も奪われたというのか。
「離婚なんて簡単にできないでしょう?」
「その辺は有能な弁護士を使ってなんとかしたってことだ。表向きは静子夫人が不倫をしたことが原因になっているから、静子夫人は慰謝料の代わりに遠山の財産の一切を放棄させられたって話だ」
「それにしても、そもそも静子の夫が納得したの?」
「遠山隆義は娘の桂子だけじゃなく、目の中に入れても痛くない若い妻が失踪したせいで少しばかり頭がおかしくなったようだ。今はどうも、あの千代夫人のことを静子だと思い込んでいるって話だ」
「そんなことって……」
 町子は森田組の徹底ぶりに背筋が寒くなるのを感じるのだった。
 大塚順子と千代夫人は岩崎を挟むように座っている二人の女の間に割り込むように座ると、岩崎に対する挨拶もそこそこに、女たちに順子を加えた四人で賑やかに話し始める。
 岩崎は千代の不作法さに、弟の時造と顔を見合わせて苦笑する。観客のざわめきが高まったとき座敷の照明が落ち、舞台にスポットライトが当たる。
 舞台の幕の前、中央には先ほど町子たちを案内したマリという少女と、もう一人の目の細い小柄な少女が並んで立っている。

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