34.人間花器(2)

「どうしたの、奥様。急に黙り込んじゃって」
順子がからかうように声をかける。
「おおかたご主人のあそこを、チンピラ部屋で経験した若い男たちと比べていたんじゃないの?」
順子の言葉に珠江ははっとした表情になる。
「あらあら、適当に言ってみたんだけど、図星だったようね。奥様ったら、お上品そうな顔をして案外隅に置けないわね」
順子はそう言うと、友子と直江と声を上げて笑い合う。
「よほど若い男たちにはめられるのが気持ち良かったみたいやな」
「三日三晩、女一人で何人もの男を相手にするなんてなかなか出来ることやないで。そう考えるとなんや、うらやましい気持ちにもなるな」
あまりの屈辱に、珠江の目尻から一筋の涙が伝い落ちる。
「あらあら、ちょっとからかいすぎたかしら。ごめんなさいね、奥様」
順子は突然気味の悪い猫撫で声を出すと、珠江の頬を伝う涙をハンカチで拭い取る。
「でも奥様にはそろそろ覚悟を決めてもらわなければならないわ。いつまでもご主人のことを思い出してメソメソしていては駄目よ。これからは奥様は森田組の奴隷になるとともに、湖月流華道の人間花器になってもらわなければならないんだから」
順子の言う「人間花器」というおぞましい言葉に、珠江は思わず裸身をぶるっと震わせる。
「お、お願い、順子さん」
「なんなの、奥様」
「私、順子さんのおっしゃるその人間花器というものに喜んでなりますわ。で、ですからお嬢様には手を出さないで欲しいのです」
「自分の身をお嬢様の純潔と引き換えにしようというの?」
珠江はすすり上げながら、こくりとうなずく。
「良い心掛けだわ。感心したわ。奥様がそういう気持ちになってくれるのなら、お嬢様には指一本触れないようにするわ」
「ほ、本当ですか?」
「本当よ。いくら何でも千原流華道の家元令嬢を人間花器にするなんて恐れ多いこと、私にだって出来ないわ」
順子はニヤリと笑うと、珠江の肩を抱くようにする。
「その代わり奥様は心から私に屈服するのよ。反抗は絶対に許さないわ。少しでも逆らったら約束違反と見なして、千原美沙江は奥様と同じ道をたどってもらう。すなわち三日三晩の間チンピラたちのなぶりものにしたあげく。湖月流華道の人間花器とする」
「ああ……」
順子の言葉に底知れぬ恐怖を感じたのか、珠江夫人は思わず小さく悲鳴を上げる。
「わ、わかりました。絶対に反抗は致しませんわ。ですから、お嬢様だけは……」
「奥様がそこまで誓うなら、私の方も女に二言はないわ」
順子はそう言いながら心の中でペロリと舌を出す。
珠江夫人が守ろうとしている美沙江は今夜、関西の身内一千人といわれる暴力団の大親分、岩崎大五郎の弟、時造に水揚げされることになっているのだ。
そうと知らない珠江はひたすら美沙江の無事を祈り、自らを犠牲にしようとしているのだ。そんな珠江夫人の心情をたまらなく滑稽に感じた順子は、吹き出しそうになるのを堪えながら声をかける。
「それじゃあ早速、調教を始めるわよ」

千原流華道の後援会長であった折原珠江夫人は、大塚順子が率いる前衛華道「湖月流」に延々と敵対してきたという罪を償うため、ついに湖月流の花器としての調教を受けることになった。
順子は美沙江のお付き女中であった友子や直江とともに、珠江の身体に見事な華を咲かせていく。
「いかが、奥さま? 湖月流華道の人間花器にされた感想は? どう、幸せ?」
「……え、ええ、幸せですわ。女の肉体を使って花を生けることが出来るなんて、華道を志すものとしてこんな悦びがあるなんて思ってもいませんでしたわ」
珠江は唇を震わせて、強制された言葉を口にする。その汚辱の言葉はあらかじめ何度も練習させられているため、珠江の意思に反してスラスラと口をついてくるのだ。
「千原流華道とくらべていかが、湖月流の方がずっと素晴らしいでしょ?」
「………」
流石に口をつぐむ珠江に、苛立った様子で友子が珠江の柔らかい太腿をつねりあげる。
「――こ、湖月流の方が、ず、ずっと素晴らしいですわっ」
順子と直江、友子の3人は顔を見合わせてどっと笑い合う。珠江夫人は口惜しさに耐え兼ねたのか、ブルッと腰部をふるわせる。その豊満な臀部を順子はパシリと叩く。
「ほらほら、そんなにお尻を振っちゃあ、折角生けた花が落ちるじゃない。さあ、今度はお尻の方よ。春太郎さんと夏次郎さんに多少は広げられたんでしょう? こちらの穴も使えば随分、発想を広げた作品が出来るわ」
順子はそう言うと、新たな花を手に取り、夫人のたくましいばかりに豊かな双臀に取り付くようにする。

「さあ、出来たわ」
長い時間をかけて淫靡な生け花がようやく完成し、大塚順子は満足げに腰を上げた。
「まあ、傑作ね」
「さすがは先生やわ」
直江と友子が手を叩いて笑い出す。
中腰の姿勢を強制されている珠江夫人の秘唇には赤い薔薇とエニシダが生けられ、その上方の菊花には2本の白リンドウが深々と差し込まれている。
珠江夫人を千原流華道家元の美沙江とともに地獄に突き落とした張本人、湖月流華道の総帥、大塚順子の手によって夫人は人間花器に仕立て上げられたのだ。
「でも、この奥さん、本当に綺麗な身体をしてるわ」
シクシクと口惜しげにすすり泣いている珠江夫人を、同性愛の気がある直江と友子はうっとりとした表情で見つめている。夫人の30を過ぎたとは思えない艶やかな白い肌に、赤い薔薇と白リンドウが見事に映えている。
「そうね、まさに人間花器になるために生まれてきたような女だわ」
順子はそういってせせら笑うと、美沙江の元女中二人に「そこの姿見を持ってきて頂戴」と指示する。
直江と友子は、部屋の隅にあった大きな鏡を持ってくると、珠江の前の壁に立てかける。
「そら、奥さん。自分の姿をよく見るんや」
直江が珠江の顎に手をかけ、鏡の方に向ける。珠江は姿見に映った自分の惨めな姿態を見て、あっと小さな声を上げて顔を伏せる。
「どうしたの、奥様。よく自分の姿を見るのよ」
「ゆ、許してください……」
珠江夫人は気弱な声を上げて嫌々と首を振る。
「こんな惨めな姿を見せないで……お願い」
「甘ったれるんじゃないわよ」
友子は珠江の形の良い思い切り鼻をつまみ上げる。
「そんな我儘をいうのは、まだ心から大塚先生に屈服していない証拠やないか。しっかりその自分の恥ずかしい姿を見るんや」
珠江は鼻をねじられる激痛に耐えかねて、鏡に目を向ける。
「ああ──」
なんという惨めな、恥ずかしい姿だろうか。女の二つの羞恥の部分が、花を生けられたため誇張され、ただの素っ裸よりもはるかに卑猥な趣を見せているではないか。
人間花器とはよくいったものだ。今の珠江夫人は人間以下の獣ともいえない。花を生けるための肉の器にすぎないのだ。
「その格好のまま、湖月流華道、万歳を三唱するのよ」
順子の命令に珠江夫人は口惜しげに唇を噛み、下を向く。
「どうしたの、早く言わないと美沙江もあなたと並べて人間花器にしてしまうわよ」
「そ、それだけは……許して」
「なら早く言うのよ」
珠江夫人はもうどうしようもない、といった風に顔を上げ、「こ、湖月流華道、万歳」と口に出す。
「声が小さいわよ。もっと大きく」
「こ、湖月流華道、万歳」
「もっと大声で!」
「湖月流華道、万歳!」
珠江夫人は自棄になったようにそういうと、さすがに胸を突き上げるような口惜しさがこみ上げ、わっと号泣する。
「今日はこれから半日、そうやって花を支えているのよ。落としたらたっぷりお仕置きするからね」
順子は羞恥と屈辱にすすり上げ、小刻みに肩を震わせている珠江夫人にそう言い放つと、直江と友子と笑いあいながら部屋を後にした。

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