珠江夫人の足元の畳の上にはバナナの皮や、切り刻まれた果物の屑が散乱している。
熊沢たちの酒席の余興として、魂が砕け散るような汚辱の珍芸を強制された美夫人は、全身の力を使い果たしたかのようにハアハアと肩で大きく息づいているのだ。
熊沢や銀子に強いられるまま、珠江に対する責めに加担させられた久美子、美紀、そして絹代の三人は激しい衝撃と罪悪感に打ちひしがれている。
三人の女たちの心を何よりも強く打ちのめしたのは、珠江夫人の恐ろしいまでの変貌ぶりであった。
久美子と美紀は夫人の人となりを直接知っていた訳ではない。しかしながら絹代から聞かされていた珠江夫人の清冽な美しさと凛々しさ、そして気丈さは、目の前で凄まじいまでの崩壊の姿を示している裸女の姿とは全くと言って良いほど結び付かない。
医学博士夫人で千原流華道の後援会会長、折原珠江の転落ぶりは、先程見せつけられた静子夫人、そして京子と美津子姉妹の悲惨な姿もあいまって美紀と絹代の心の中に拭うことができない黒い不安の影を焼き付けている。
それは、地獄のような屋敷に拉致された四人の女たちがこのような目にあっているということは当然、美紀の娘である小夜子、息子の文夫──そして絹代の娘の美沙江も当然無事ではすんでいないのでは、というものであった。
「前と後ろの穴を使っての同時バナナ切りか。31歳にもなってここまでやるとはたいしたもんや。感心したわ、奥さん」
熊沢はからかうように珠江の臍下をつつく。
「――あ、ありがとうございます」
珠江夫人は頬を赤く染めてうつむく。
「これも毎日の調教の賜物よ。お上品な博士夫人をここまで磨き上げるには随分苦労したんだから」
銀子の言葉に熊沢組の幹部の大沼が興味を示す。
「この奥さんはバナナ切りの外にはどんな芸が出来るんだ」
「それはぜひ本人から直接お聞きになったら?」
銀子は冷酷な眼で珠江を促す。羞恥と屈辱に頬を染めて俯く珠江夫人の肩先を、義子が手に持った青竹でピシャリと打つ。
「マンコとケツの穴でバナナ切りまで演じておいて、いまさら何を恥ずかしがってるんや。ちゃんと大沼さんに申し上げんかいっ」
「は、はいっ。も、申し訳ありません」
珠江は顔を上げ、涙で潤んだ瞳を大沼に向ける。
「も、申し上げますわ。珠江が出来るバナナ切り以外のお座敷芸は卵割り、卵生み――」
珠江は腰部をモジモジと揺らし、微妙な媚態さえ見せながら口上を述べはじめる。美貌の貴婦人の口からそんな、花電車の芸の名称が飛び出したので熊沢たちはどっと哄笑する。
「俺はそういった方面にはとんと疎くてね。もう少し詳しく教えてくれないか」
やはり熊沢組の幹部の平田が、わざとらしく口をはさみ、銀子と義子を笑わせる。
「――うん、い、意地悪」
平田の要求に珠江は吐息をついて答える。
「珠江はお、おマンコを使って茹で卵を生んだり、生卵を割ったり出来るんですのよ――」
そんな露骨な言葉を吐く珠江夫人の頬は羞恥のあまり、ますますポオッと赤く染まる。
「そりゃあ凄いな。女の身体ってのは鍛えればそんなことまで出来るのか」
平田はそう言って嘲笑すると、美紀の肩を抱くようにしてたずねる。
「奥さん、マンコでバナナを切ったり卵を産んだりする女を、同じ女としてどう思う?」
「え、ええっ?」
「そんなことまで出来るのかって尊敬するか、それとも軽蔑するか? ええ、どうなんだ」
「そんな……」
美紀は顔を近づける平田から、頬を染めて顔を逸らせようとする。
「尊敬も軽蔑もありません……ただ、自分の目が信じられない思いですわ」
「そうか、信じられないか」
平田はそう言うと大沼と顔を見合わせ、どっと笑い出す。
「それじゃあ聞くが、奥さんもこんな風になりたいと思うかい?」
「い、いえ……」
美紀は反射的に首を振り、はっとして珠江の方を見る。
一瞬珠江と美紀の視線が交錯するが、珠江はすぐに悲しげに目を伏せる。
「なりたくないのかい?」
「は、はい……なりたくはありませんわ」
美紀は仕方なく頷く。
「そりゃあそうや、大沼はん。普通の女なら好き好んでこんなけったいな身体になりたいもんか」
義子がおかしそうに笑いながら口を挟む。
「ねえ、奥様。卵を使った芸はそれだけなの?」
「そ、それだけではございませんわ」
銀子の問いに珠江は慌てて首を振る。
「い、今ではお尻の穴も使って卵を産めるのです」
「そりゃ傑作だ」
平田が美紀の肩を抱いたまま頓狂な声を上げると、やくざとズベ公たちはどっと笑い合う。久美子、美紀、そして絹代はさすがにいたたまれないといった表情を浮かべ、珠江から懸命に顔を背けている。
「それじゃあ奥さん、マンコとケツの穴での同時卵割りは出来るかい」
「――そ、それは」
大沼が意地悪く尋ねると珠江は苦しげに眉を歪める。
「も、申し訳ありません。お尻の使い方がとっても難しくて――」
蚊の泣くような声で答える珠江夫人に向かって、熊沢が嘲笑を浴びせる。久美子たち三人はいたたまれなくなったように夫人から顔を逸らせる。
「なんや、出来へんのか。静子夫人や小夜子っていう実演スターはとっくに出来るて聞いたがな」
熊沢のことばに男たちがどっと哄笑する。「小夜子」とう言葉を聞いた美紀の顔がさっと青ざめる。
「申し訳ありませんね。まだこの奥様、修業不足なのよ」
銀子がにやにや笑って珠江の豊かな双臀をピシャピシャと叩く。
「つ、次にいらっしゃるまでに一生懸命お稽古して、必ず皆さんの前で演じさせて頂きますわ」
珠江は涙に潤む瞳を上げて、卑劣なポルノ業者達に誓うのだった。
「その代わりといっては何ですが、和風美人の珠江にぴったりの芸を演じさせますわ」
夫人はおびえたように銀子に顔を向けるが、すぐに諦めたように熊沢に顔を向け、口を開く。
「た、珠江はお習字がとっても上手ですのよ。なんでも皆さんのご希望の字を書かせて頂きますわ」
畳の上に下敷きの布と半紙が置かれ、その前に、股間に筆を取り付けられた珠江夫人がしゃがみこんでいる。珠江夫人の白い尻がくねくねと半紙の上で動くと、黒々とした墨痕の珍妙な書が完成していく。
「――出来ましたわ」
ようやく書き上げた珠江夫人は、微妙な媚びを含んだ笑みを浮かべながら、周りを取り囲む熊沢たち観客を見あげる。
「出来たところで大きな声で読んでみな」
「――ああ」
夫人はモジモジと身を縮ませながら、それでもはっきりとした声で半紙に書かれた文字を読み上げる。
「――珠江のおまんこ」
「え、なんだって」
「良く聞こえなかったぜ」
意地悪く詰め寄る男たち。
「――珠江のおまんこ、珠江のおまんこですわ」
夫人が思わず抗議するような声でそんな卑語をわめきたてたので、男たちはどっと哄笑する。
「次のお手本はこれだぜ。これも念のために大きな声で読んでみな」
平田が新しい手本を示すと、珠江夫人は嫌々と気弱に首を振る。
「嫌ですわ。そんなエッチなお手本ばかり――。もっと普通の言葉にして下さい」
「何を言ってるんだ。何でも希望の字を書くといったのは奥さんだぜ」
「――でも、でも」
「さ、早く読むんだ」
珠江夫人の抗いは真の拒絶ではなく、男たちを焦らすための自然な演技に過ぎない。ようやく夫人は諦めたように口を開く。
「珠江の、珠江の――」
「珠江の――、じゃわからねえ。はっきりというんだ」
「珠江の、クリトリス」
羞恥に悶えながらもはっきりと口にした珠江夫人から、匂い立つような色気が感じられ、熊沢たちは陶然とした表情になっていくのだった。
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