192.肉の狂宴(5)

「そ、そうはさせないわっ」
京子は山崎に必死の表情を向ける。
「山崎さんっ、お願いっ。この人たちのことを二度と追求しないと誓って! わ、私のことは忘れてっ」
京子が涙声で山崎に呼びかけたのを聞いた美津子と小夜子が思わずもらい泣きの声を上げる。
黒人との交合の様子を映画に撮られた自分と小夜子はもちろん、互いの身体を獣のように貪り合う姿をフィルムに収められた美津子と文夫も、もはや一生日の当たる場所を歩くことはできない。しかし、この絶望の連鎖を何としてもここで断ち切らないと、これからも無辜の人間が地獄に落とされる不条理が続けられるのだ。
「京子がそこまで頼むんだから聞いて上げたいのは山々だけど、やっぱり無理な相談だね」
マリが薄笑いを浮かべながら首を振る。
「ど、どうして……」
「このへっぽこ探偵が余計な付録を連れて来たからさ。フランソワーズ・ダミヤっていうフランス女でね、静子夫人の留学時代の親友らしいんだけど、夫人と連絡が取れないんで心配してわざわざ日本までやって来たらしいんだ」
「久美子を餌にして山崎をおびき寄せた時に、よせばいいのに山崎に着いて来てあたいたちの裏をかこうとしたもんやから、捕まえて女奴隷に仕上げて、捨太郎とコンビを組ませることにしたんや」
「何ですって……」
マリと義子の言葉を聞いている京子の顔が徐々に青ざめる。
「仮に山崎があたいたちに楯を付かないことを誓ったから解放したとしても、自分の妹を救出することに女房を巻き込んだ山崎のところにダミヤの亭主がねじ込んで来たら放っておく訳にはいかないだろう?」
京子は蒼白になった顔を山崎に向ける。山崎は京子の視線を避けるように顔を伏せている。
「わかったかい、こうなったらもう山崎を解放するのは無理なんだよ」
「だったらその……ダミヤさんも解放したら……」
「馬鹿なこと言うんじゃないよ。あの女が静子夫人を諦めるもんか」
「それに自分の女房を捨太郎の馬鹿に辱められたダミヤの亭主も黙っちゃいてへんで。フランス人ってのは特にプライドが高いそうやからな」
「くっ……」
マリと義子の言葉に京子は黙り込む。
「わかったかい、京子。こうなったらもう行くところまで行くしかないんや。山崎も、久美子も、美紀夫人に絹代夫人も、それにフランス女もみんな仲良く森田組の奴隷になってもらうしかないってことがわかったか」
「そんな……そんな……」
京子は呆然として立ち竦む。
何ということだろう。静子夫人が留学時代に実の姉妹以上に親しくしていたフランス人の友人がおり、最近結婚したばかりだということは夫人から聞いたことがある。
そのフランス女性と山崎が共同して森田組に対抗しようとしていたとは――あまりの無謀さに正直言って京子は呆れる思いだった。
(やはり山崎さんは、自分が付いていないと駄目なのか――)
自分ばかりでなく妹の久美子や、依頼人の村瀬社長夫人や千原流の家元夫人まで森田組に拉致され、切羽詰まった山崎はまさに藁をもすがるような気持ちになったのだろうか。かつて名探偵と呼ばれた山崎の意外なまでの脇の甘さに、京子は歯噛みするような思いだった。
「どうやら話は付いたようだな」
胡座を組んで煙草を吹かし、成り行きを見守っていた鬼源がのそりと立ち上がる。
「予定どおり山崎と妹の久美子は森田組の奴隷にする。いいな、京子」
京子はあまりの恐ろしさに顔を引きつらせ、裸身を小刻みに震わせていたが、鬼源が「どうなんだ、納得したのか」と怒号を上げると万事窮したように首を垂れ「は、はい……」と頷く。
「早速だが、二人には明後日のショーに出演してもらう。久美子の処女を実の兄貴がいただくって筋書きだ。どうだ、なかなか面白いだろう」
鬼源の言葉に京子だけでなく、小夜子と美津子、そして文夫も衝撃を受け、愕然とした顔付きになる。
「そ、そんな……酷いわ……」
あまりのことに京子は唇を震わせる。
「実の兄妹にそんな……あ、悪魔だってそんなこと考えつかないわ」
「今さら何を言ってやがる。てめえだって実の妹や、その恋人とケツを振り合いながらよがり声を上げるようになったじゃねえか」
鬼源がそう言ってせせら笑うと、周囲を取り囲むやくざたちからどっと笑い声が湧き上がる。
「兄と妹と言ったって立派な男と女だ。久美子だって捨太郎や黒人相手に処女を散らされるよりはよっぽど良いだろう」
「どうしても嫌だって言うのなら俺が相手をしてやってもいいんだぜ。京子の時のように優しく水揚げをしてやるさ」
川田にそう声をかけられた京子は、身の毛がよだつほどの嫌悪感に裸身をぶるっと震わせるのだ。
「さて、調教の続きの前にケジメをつけておかないとならねえ」
鬼源はそう言うと京子に目を向ける。
「京子」
「は、はい……」
鬼源のギョロリとした目で睨みつけられた京子は、背筋に寒気を覚え、反射的に肩を竦める。
「性懲りもなく反抗しやがって。男の頭を蹴飛ばすたあ、てめえ、いったいどういうつもりだ」
「す、すみません……」
やくざたちの前でも決して怯みを見せない気丈な京子だがこの鬼源という男だけは苦手だった。
世の中の辛酸を嘗めて来たあげく浅草の歓楽街にたどり着き、女たちから蛇蝎のように嫌われる調教師の仕事を天職とし、ついには「浅草の鬼源」と呼ばれるまでになった男。京子は森田組に捕らえられて間もないころ、田代屋敷にやって来たばかりの鬼源によって、静子夫人との同性愛の演技を徹底的に仕込まれたことがある。
静子夫人とともに倒錯の行為に溺れ、被虐の快感にのたうったその強烈な体験が京子に、鬼源に対する一種のコンプレックスを植え付けたのだ。
「この落とし前はつけてもらわねえとな。てめえはこれから昼まで豆吊りの仕置きだ」
そんな鬼源の宣告を聞いた京子の肩がびくりと震える。
「仕置きを受けるのはてめえだけじゃねえ。奴隷は連帯責任だからな。小夜子と美津子も同罪で京子と一緒に豆吊り。文夫は……そうだな、女たちの隣りで辛子責めの仕置きを受けてもらおうじゃねえか」
小夜子と美津子、そして文夫の顔がさっと青ざめる。京子の喉から「そ、そんなっ!」という悲鳴が迸り出る。
「は、反抗したのは私だけですっ。お、お仕置きは私だけにしてくださいっ」
「駄目だ。奴隷は連帯責任と言っただろう。愚図愚図文句を言うならこの場にいない珠江夫人や美沙江にも仕置きをするが、いいのかっ」
「鬼源さんっ、後生ですっ。京子は二度と反抗致しません。どんなお仕置きでも受けますっ。だ、だから、美津子や小夜子さんをお仕置きするのはやめてっ!」
京子が号泣しながらそう訴えるのを、鬼源はさも楽しげに聞いている。

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