193.肉の狂宴(6)

「京子がそこまで頼むのならちっとは考えてやっても良いぜ」
鬼源はそう言うと「義子、マリ、ちょっと来な」と二人のズベ公を呼び寄せる。
「何よ、鬼源さん」
「ちょっと耳を貸しな」
義子とマリは鬼源がひそひそと囁く言葉に頷きながら耳を傾けていたが、やがて同時にニヤリと冷酷そうな笑みを浮かべる。
「わかったわ」
「面白そうやないか」
義子とマリはそう言うと京子の側に歩み寄り、挟み込むように立つ。
「いいか、これから元の恋人の前で義子とマリに言われた通りの演技をするんだ。うまく演じることが出来たらお仕置きはてめえ一人に止めてやろうじゃないか。出来なきゃ予定どおり、他の奴隷も一緒にお仕置きだ。いいな」
そんな鬼源の宣告を合図に二人のズベ公は脅えた表情を見せる京子の耳に口を近づけると、何事か交互に囁きかける。
「そ、そんなこと、とても言えませんわ……」
義子とマリに吹き込まれた言葉のあまりのおぞましさに京子は首を振る。
「いまさら何を言っているのよ。どんなお仕置きでも受けると大見栄を切ったばかりでしょう」
「嫌やったら予定どおり、小夜子や美津子と一緒に豆吊りの刑にかけたやってもええんやで」
二人のズベ公は苛立たしげに京子の耳を引っ張りながら因果を含めて行く。京子はがくりと項垂れると「わ、わかったわ……」と声を震わせる。
「さ、探偵さんも立つのよ。恋人との再会をじっくり楽しませてやろうじゃないの」
義子とマリは山崎の両脇に手をかけて引き起こすと天井の滑車から垂れ下がった鎖に縄尻をつなぎ、京子と向かい合わせにして立たせる。
京子は覚悟を決めたように顔を上げ、山崎に悲痛な表情を向ける。皮肉な再会を果たした今、京子は誰よりも愛しい相手と思いを寄せて来た山崎がなぜか随分遠くにいるように感じるのだった。
「お、お久しぶりです。山崎さん。その後、お元気でお過ごしでしたか。まさかこのような形で再びお会いしようとは、京子、夢にも思ってもいませんでした」
京子は山崎をじっと見つめ、涙に喉を詰まらせながら話し始める。
「そんなメソメソした話し方は気に入らないね。もっと色っぽく、相手を挑発するように話すんだよ」
マリはそう京子を怒鳴りつけると、大きめのヒップをパシッと平手打ちする。
「す、すみません……」
京子は込み上げる口惜しさと悲しみをぐっと堪え、涙に濡れた瞳を改めて山崎に向ける。
「山崎さんの命令でこの屋敷に参りましてから、きょ、京子はこれまで想像もしなかったような刺激的な経験をし、し、幸せな毎日をおくっております。以前、そういった京子の心境をテープに録音して山崎さんにお送りしたことがありましたね。そ、それで京子の気持ちはご理解いただいたものとばかり思っていたのですが、山崎さんはそうではなかったご様子ですので、改めて京子の決心をご披露したいと思います。京子から山崎さんへのさ、最後の言葉と思ってお聞きください」
「やめろっ! 京子っ!」
それまでやくざやズベ公たちのなすがままにされていた山崎が、叫ぶような声を上げる。
「こんな連中の言いなりになるんじゃないっ。俺がきっと救い出してやる。それまでじっと耐えるんだっ」
京子は表情を引きつらせながらそんな山崎の言葉をしばらく黙って聞いていたが、やがて顔を上げてぽつりと呟く。
「そんなの無理よ……」
「えっ?」
山崎は京子の言葉は一瞬理解出来ず、思わず聞き返す。
「ここから救い出されるなんて、もう無理だと言っているのよ。お分かりにならない? 山崎さん」
京子は悲痛な表情を山崎に向けながらそう言い放つ。
「私も美津子も、それにここにいる小夜子さんも文夫さんも、もうどうしようもなく汚れてしまったの。今さら助け出されたって、どうやって外の世界で暮らしていけば良いのっ」
「京子……いったいどうしたんだ」
「どうもしていないわっ」
京子は苛立ったような声を上げる。
「京子や美津ちゃんは俺が責任をもって守る。小夜子さんや文夫君のことも、村瀬社長や内村医師がしっかり支えるはずだ。心配することはないんだ」
山崎は京子を宥めるような口調でそう続けるが、京子はそんな山崎の言葉がたまらなく空虚に響くのだった。
「私たち、いやらしい映画や写真を撮られて、それが外の世界には数え切れないほど出回っているのよ。もうまともな暮らしなんか出来ないわっ」
「京子、落ち着け。自棄になっちゃいけない。京子らしくないぞ」
「落ち着いた方が良いのは山崎さんの方よ。あなた、いったい今の立場を分かっているの?」
京子はそう言って山崎を睨みつける。かつて見たこともない京子の険しい表情に、山崎は思わず怯む。
「素っ裸にされて、縛られて、それこそ手も足も出ないじゃない。そんな様でどうやって私や美津子を守ってくれるというの」
激しく迫る京子に山崎は言葉を詰まらせる。
「おいおい、こんなのじゃ映画にならないぜ」
撮影機を回しながらぼやく井上に、鬼源は「いいから撮りな。余計なところは後で編集すりゃあいいんだ」と声をかける。
「お願い、山崎さん。こうなったらせめて久美子ちゃんだけでも解放してもらうよう、この人たちにお願いして。今ならまだ間に合うわ」
それは久美子がまだ処女を守っているからという意味だろう。しかし他の女たち――特に依頼者である美紀や絹代、そしてダミヤを差し置いて、誘拐者に対して自分の妹だけを解放するように頼むのは山崎のプライドが許さなかった。京子の哀願に山崎は顔を伏せる。
「痴話喧嘩はもう終わりか?」
義子が口元に嘲笑を浮かべながら京子に近寄り、肉付きの良い太腿をつねり上げる。
「あたいはあんたに山崎を挑発しろって言ったんだよ。何を勝手なことを囀っているのさ」
マリもまた冷酷そうな笑みを浮かべながら京子の髪をつかみ、ごしごしと扱くようにする。
「いい加減にしないと四人まとめて仕置きにかけるよ。その上、村瀬夫人を連れてきて、かわいい子供たちが豆吊りや辛子責めにかけられてヒイヒイ泣き叫ぶ姿を見せつけるけど、それでもいいのかい?」
「や、やめてっ、やめてくださいっ」
京子は激しく首を振って哀願する。
「おっしゃる通りに致しますわ。ですから、お仕置きは私だけにしてくださいっ」
「それなら余計な手間をかけさせずに、さっさと始めるんやっ」
義子はそう言うと京子の尻をパシッと平手打ちする。

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