63.地獄巡り(1)

「手を後ろに回すんだ」
銀子に命令された久美子は一瞬躊躇う。相手はズベ公四人だが、久美子の柔道の腕前をもってすれば倒すことは可能だろう。
しかしながら久美子の通報騒ぎで屋敷内の警戒は先ほどとは比較にならないほど厳重になっていることが予想される。パンティ一枚の裸で、同様の姿にされた美紀と絹代を連れてこの屋敷を抜け出すなど至難の業である。
それに、仮に抜け出したところでその後の展望が開けない。周囲は林と田圃が広がっているばかりであり、近くに助けを求めることが出来そうな民家もないのだ。
そう考えた久美子は観念して手を後ろに回す。直江と友子が細縄で、久美子の両手を堅く縛り、余った縄を前に回すと胸の上下を縛り上げていく。
「うっ……」
敏感な乳房に縄の痛みを感じた久美子は思わず声を上げる。それに気づいた銀子が小さな笑い声を漏らす。
「さっきみたいに両手吊りにされるのと比べると、緊縛感が全然違うだろう?」
「緊縛感?」
久美子は怪訝な表情を銀子に向ける。
「縄の感触のことだよ。これは鬼源っていうこの屋敷の調教師から聞いたんだけど、女にとって縄ってのは麻薬みたいなもんで、毎日縛られていると中毒になり、そのうちに縄をかけられただけで身体を濡らし始めるんだってさ」
「馬鹿な……そんな変態みたいな人間、いるはずがないでしょう」
久美子は不快なことを聞かされたという気持ちで、吐き捨てるようにそう言う。
「本当にいるかどうか、これから自分の目で確かめて見るといいよ」
銀子はそう言うとくすくす笑い出す。
久美子に続いて美紀、そして絹代が縄をかけられると銀子は順に三人の縄の状態を点検し、満足そうに頷く。
「苦しいだろうから猿轡は勘弁してやるけど、絶対に大声を出すんじゃないよ、わかったね」
久美子、美紀、そして絹代が同時に頷く。銀子は「それじゃあ行くよ」と三人のズベ公に声をかける。
義子を先頭に久美子、美紀、絹代と続き、その後ろを友子、直江、そして銀子で固めた奇妙な行列が地下室倉庫を出発する。先導、そして案内役を努める義子はさも楽しげに笑いながら、時折パンティ一枚の裸の久美子たちを振り返る。
「さあここが地獄の一丁目、地獄巡りの始まり、始まりでっせ。鬼が出るか蛇が出るか、それは見てのお楽しみ。お代は見てのお帰りや」
見世物小屋の呼び込みの口上よろしく、面白おかしく話す義子に、友子と直江がゲラゲラ笑う。
「奥様って、なかなか可愛らしいお尻をしているじゃない」
「ほんと、ほんと。ここだけ見てると、まるで女学生みたいな初々しさやわ」
友子と直江がそんなことを言いながら、和装用の薄手のパンティに覆われた絹代の尻をぴしゃ、ぴしゃと叩く。絹代はそんな、人が変わったようなかつての女中の態度がただ恐ろしく消極的に身を捩らせるばかりである。
「それに比べてこっちの奥様のお尻はなかなかの見事なもんや」
調子に乗った友子と直江が今度は美紀の、レースをあしらった艶っぽいパンティに包まれた尻を叩くと、美紀はきっと振り返り「やめなさいっ」と声を上げる。
「あ、あなたたち、それでも女なの? 恥を知りなさいっ」
「恥を知りなさいやって?」
友子と直江は顔を見合わせるとぷっと吹き出す。
「恥を知らなあかんのは奥さんの方や。おめこの毛をちょっと炙られただけで、派手におしっこを漏らしといてからに」
友子のからかいに、美紀の顔は真っ赤になる。何か反論しようと口を動かすのだが、怒りと屈辱のあまり言葉にならない。
久美子はそんなズベ公たちに腹立たしさを感じながらも、自らが何かとんでもなくおぞましい領域に踏み込んでいるのではないかという恐怖に囚われる。
(どうして彼らはこんなに余裕たっぷりなの?)
久美子が電話ボックスにたどり着き、山崎に電話をかけているのを銀子は確かに見たはずだ。それなのになぜこのようにのんびりしているのか。
久美子が山崎に、この屋敷の場所を伝えたとしたら、すぐにでもここから移動する準備をしてもおかしくないはずだ。官憲の手がそこまで迫っているというのに、彼らのこの危機感のなさはいったい何なのだろうか。
(私が、この場所を正確に伝えられていないと高をくくっているんだわ)
あれだけぐるぐると迂回して来たから、ここがどこなのかわかるはずがないと思っているのだろう。久美子が暗記したタクシーのナンバーを山崎に伝えているとは夢にも考えていないのか。
(それにしてももう少し警戒しても良いはずだけど……それだけこの連中が間が抜けているということか)
久美子がそんなことを考えていると、やがて階段を上がった一行は廊下の奥の和室の前に辿り着く。
(ああっ……う、ううっ……)
(……)
(あ、あはあっ……)
襖を通して女のものと思えるくぐもったうめき声と、その間に男の声が聞こえる。男の声は低く早口で、はっきりと聞き取れない。
異様な雰囲気を感じた美紀と絹代の表情が不安に陰る。そんな二人の様子を楽しげに見ていた義子は「こっちへ回るんや」と隣の部屋に入るよう促す。
そこは薄暗い三畳ほどの布団部屋であり、義子、久美子、美紀、絹代、そして銀子が入れば一杯になり、友子と直江は廊下で待つことになる。
「順に覗いて見るんや」
義子が指さした辺りにはほぼ腰の高さに丸いのぞき穴がある。久美子が躊躇っていると、美紀が意を決したように膝をつき、穴に目を当てる。
「こっ……これはっ」
壁の向こうの光景を目にした美紀が驚愕に息を呑む。美紀はすぐにその穴から目を離すと、その場にがくりと座り込む。
「美紀様! だ、大丈夫ですかっ」
絹代が後ろ手に縛られた不自由な身体を捩らせるようにして美紀に駆け寄ろうとすると、銀子が絹代の肩を掴み、覗き穴の前に引き据える。
「今度は奥さんの番だよ」
絹代は脅えた顔で嫌々をしていたが、銀子に肩を揺さぶられて仕方なく穴に目を当てる。
途端に絹代の肩が瘧にかかったようにブルブルと震え出す。そして絹代は血の気を失った顔を覗き穴から離すと、ふらふらと後ろへ倒れ込む。
「絹代さん!」
久美子は素早く身を屈め、失神した絹代の身体を支える。ぐったりとなった絹代は顔を青ざめさせ、滑らかな腹部を激しく上下させている。
「奥さんのことはかまわないで、今度はお前が覗くんだ」
銀子は久美子の髪の毛を掴み、同様に覗き穴の前に引き据える。久美子は諦めて覗き穴に目を当てる。
(……!)
そこには久美子が恐れていた、いやそれ以上におぞましい光景が広がっていた。
暗い部屋の中でほのかな灯かりに照らされた白と黒の肉塊が蠢いている。醜悪なニグロの男に後ろから責め立てられている美しい裸女こそ、遠山静子夫人の変わり果てた姿であった。

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