「ほう、森田はんのところの役者は、どれもこれも美女、美男揃いですが、それに質では負けんとはかなりの自信でんな」
岩崎はギョロリとした眼をまっすぐ岡田に向ける。
「伊豆のどのあたりでっか」
「下田からだいぶ山の方に入る辺鄙な場所です」
「下田から山の奥か」
岩崎は何か思い出すような顔つきになる。
「そう言えば一〇年ほど前、あの辺りに湯治に行ったことがありましてね。鄙びてはいるが感じのいい旅館に泊まったことがあります。ちょうど山桜が綺麗な季節でね。旅館の主人は海軍将校上がりの無口で頑固な男でしたが、私とは釣りが好きなもの同士すっかり気が合いました。何と言ったかな。あの旅館」
首をひねる岩崎に町子が「ひょっとして、月影荘ですか」と尋ねる。
「そうそう、月影荘や」
岩崎はにっこりと笑う。
「可愛い姉妹がいましてね。上の子はもう中学生になっていたかな。母親を早くなくしたせいでどことなく寂しげな雰囲気があったが、旅館の手伝いを一生懸命やるのが健気でした。下の子は男の子と喧嘩しても負けないようなお転婆でしたが、絵が大好きでしょっちゅう風景やら何やらを描いていましたな」
「私たちがスタジオに使っているのは、その月影荘ですよ」
町子が思いきってそう言うと岩崎は驚きに眼を見開く。
「それはほんまでっか?」
岩崎は信じられないといった顔つきで尋ねる。
「本当です」
「月影荘がポルノ業者の……いや、失礼。映画の撮影スタジオに? あの主人が月影荘を手放すとはちょっと信じられまへんな。あの主人は二人の娘と月影荘を何よりも大事にしてましたからな」
「ご主人の大月幹造さんは、半年ほど前に亡くなりました」
「亡くなった?」
「心臓発作です」
「そう言えば私が泊まったときも、心臓に持病があるっていう話をしてましたな。人の命ははかないもんや」
自らも軍隊経験のある岩崎は大月幹造に親しみを感じていたのか、亡くなったと聞いて痛ましげな顔になる。
「しかしそれなら当然、二人の娘、特に姉の方が旅館を継いでいるでしょう」
「旅館は今、姉の雪路の入り婿の三郎という男が経営しています」
「入り婿?」
「雪路はしばらく前に交通事故で眼が不自由になりましてね。父親が亡くなった後、旅館を自分で経営することは無理なんですよ」
「交通事故ですか。あんな綺麗な娘が眼が不自由になるなんて、そら痛ましいこっちゃ」
「妹の雅子は絵の勉強のためにヨーロッパに行ってましたから、こっちも旅館は継ぐ気がありません」
「それでその三郎という男が旅館を継いだって訳でっか」
「月影荘は今、形の上では旅館としての営業はしていますが、最近は毎日、映画撮影のスケジュールが入ってますから、ここのところずっと一般の客は泊めてないんですよ」
「ということは、旅館の方は開店休業ってことでっか」
岩崎はいぶかしげな表情になる。
「雪路と雅子という姉妹はどうしているんでっか。いくら自分では経営が出来んといっても、父親の旅館がポルノ映画のスタジオにされて黙っていると思えまへんが」
岩崎の問いに岡田と町子は一瞬顔を見合わせる。
月影荘やその主人の大月幹造に郷愁めいた思いを抱いている岩崎に向かって、雪路と雅子の現状を話すのは危険ではないか。
しかしながら姉妹に対して自分たちがやっていることは、この田代屋敷で静子夫人たちに行われていることのいわば縮小版であり、ここでのショーを楽しみながら、雪路と雅子の取り扱いに対して異議を述べるのは理屈に合わない。
それよりも、西日本最大の暴力団である岩崎組組長と懇意になる機会を掴むべきだ。そう考えた町子は思いきって口を開く。
「黙っているも何も、さっきお話しした二人の専属女優って言うのは雪路と雅子のことです」
町子の言葉に、岩崎は思わず口に含んでいた酒を噴き出す。
「何やて」
岩崎は目を丸くして町子を見る。
「あの姉妹がポルノ映画の専属女優に? それはほんまでッか」
「本当です」
町子は岩崎の顔をじっと見つめながら頷く。
「大月幹造は戦時中、本土決戦となった場合は近所の若者たちを集めて徹底抗戦を行うつもりだったようです。それに備えて月影荘の地下を拡張して、命令不服従のものを監禁するための牢屋まで作っていました。雪路と雅子は今は皮肉なことに、父親の幹造が作った牢獄に監禁され、日夜性の調教を受けているって訳です」
「監禁って……それは犯罪でっせ」
岩崎が呆れたように言うと、町子は平然と「この田代屋敷で行われていることに比べたら、大したことじゃありませんわ。何しろ雪路も雅子も、今の経営者である三郎の身内なんですよ。姉妹にとっては自分の家に住んで、家業に協力しているに過ぎませんわ」と答える。
岩崎は一瞬顔をしかめたが、すぐに平静な表情になり「なるほど、それも理屈やな」と頷く。
「それよりも岩崎親分、月影荘の姉妹が今どうなっているか、ご覧になりたくないですか」
町子が大胆にも岩崎にそんな言葉を投げかけたので、岡田は驚いて「お、おい、町子」と制止しようとする。
しかし町子はかまわず、
「こちらのご用がすんで神戸にお帰りになる前に、懐かしい月影荘にお寄りになりませんか。親分の好きな渓流釣りも楽しめますわよ」
と続ける。
「月影荘にしても、映画のスタジオにしたからといってもほとんど地下室だけのことですし、旅館そのものは昔のままの風情で温泉も十分手入れしておりますわ。何よりも、美人姉妹が精一杯接待に努めさせて頂きますわよ」
町子がそう付け加えると、岩崎は思案気な顔つきになる。
町子はだめ押しするようにポケットから一枚の写真を取り出し、「これが雪路と雅子です。その気になられたら、ぜひご連絡下さい」と言って岩崎に手渡す。
緊縛された姉妹の全裸正面像をとらえたその写真を食い入るように見つめている岩崎に、町子は「それでは、失礼します」と頭を下げると、岡田と関口を促して席に戻る。
「いや、町子さん、あんた、実に大胆な人ですな」
席に着いた関口が、感心したように町子に声をかける。
「岩崎大五郎の前に出たら、大の男でも恐ろしさで小便をちびると言いますが、町子さんのあの堂々とした態度。大したもんだ」
「私だって緊張しましたよ」
町子は苦笑しながら首を振る。
228.奴隷のお披露目(28)

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