227.奴隷のお披露目(27)

「で、でも……」
ためらうお小夜に、お夏が「お春、しょうがないわよ。お嬢さんはどうしても嫌みたいだから」と、諦めたように言う。
「そうね。やはり予定通り女郎と陰間になってもらうしかないのかしら」
お春もまたため息をつくようにそう言うと、鬼源に「鬼源さん、それじゃ最初の手はず通りに勧めましょう」と言う。
「よし来た」
鬼源がそう言って腰を浮かせると、お小夜は慌てて「ま、待って下さい」と声を上げる。
「どうしたの、お嬢さん」
「気が変わったのかしら」
お春とお夏が詰め寄ると、お小夜は蚊の鳴くような声で「は、はい」と答える。
「それじゃあ、夫婦や恋人の役を演じてくれるのね」
お小夜は文之助の方をチラと見ると、消え入るような風情で頷く。
文之助もまた羞恥に頬を赤く染めているのを見たお春は「あら、どうしたの。お坊ちゃん。そんなに照れちゃって」と声をかける。
「美しいお姉様と恋人同士の役を演じることが出来るのが楽しみなんじゃないの」
お夏はそう言って文之助の頬を指先でつつく。
そんな風にお春とお夏はお小夜と文之助をひとしきりからかうと、鬼源に「それじゃあ、お願いするわ」と声をかける。
鬼源はニヤリと笑って腰を上げ、姫泣き油が入った貝殻の容器を手に取ると、お小夜の前にでんと胡座をかく。
「それじゃあお嬢さん、たっぷり塗り込んでやるから名」
鬼源がその奇妙な油を指先に取り、いきなりお小夜の股間にべったりと塗りつけたので、お小夜は悲鳴のような声を上げる。
「あっ、あっ、な、何をするのですっ」
「何をするって、見ていれば分かるじゃねえか。鬼源特製の姫泣き油を、お嬢さんの股ぐらにしっかりと塗り込んでやろうってんだ」
「な、なぜ、そ、そのようなことをする必要があるのですかっ」
「そりゃあ決まっているじゃねえか。迫力のある芝居をさせるためには、お嬢さんをその気にさせなきゃな」
鬼源は隠微な笑みを口元に浮かべながら、お小夜のその部分に油を塗り込め続ける。
「女郎屋に来る客をさらに興奮させるためには生っちょろい芝居じゃあ誤魔化しが出来ねえ。この油を塗り込めりゃあ、お嬢さんの身体はカッカッと燃え上がって、自然に色気たっぷりの仕草が出来るって寸法だ」
「そ、そんな……」
進退窮まったお小夜の耳に、文之助のつんざくような悲鳴が聞こえてくる。お小夜はハッと顔を上げて、文之助の方を見る。
「な、何をするっ。や、やめろっ」
お春とお夏が文之助の腰のあたりにとりついて、その逞しく屹立した肉棒の先端から根元あたりまで、何やらべっとりとしたものを塗り込んでいたのである。
「お坊ちゃんの薬にはちょっと痒みが効かせてあるからな。すぐに熱く火照ってくるばかりじゃなく、痒くて痒くて、何かで扱いて欲しくてたまらなくなるんだ」
鬼源のそんな言葉にお小夜はぞっとして顔を強ばらせるのだ。
「嫌だ嫌だと言ってもお坊ちゃん、ここんところはしっかり堅くしたままじゃない」
「鈴口のあたりまでしっかり塗り込んでやるから、楽しみにしているのよ」
お春とお夏はキャッ、キャッと笑い声を上げながら、文之助をいたぶり抜いている。
「ふ、文之助っ」
「姉上っ」
姉弟の悲痛な声が舞台上に交錯する中、派手な音楽とともに幕が下りていく。息を殺し、食い入るように芝居に見入っていた観客たちの中から拍手が大きな湧き起こるのだった。

岩崎が弟の時造と何やら機嫌良さそうに笑い合っているのを見た町子は、隣の岡田に声をかける。
「ねえ、今の幕間で岩崎親分に挨拶をしておかない?」
「そうだな……」
関西一のやくざの親分を前にして気後れしているのか。思案げな顔つきになる岡田を町子は「こういう稼業じゃ、コネを付けておくと後々何かと役に立つかも知らないわよ」と急き立てる。
「よし、わかった」
岡田は一大決心をしたように頷くと、隣の関口に何やら話しかける。関口もまた頷いて腰を上げ、岡田と町子を促して部屋の中央の岩崎たちが陣取る席へと向かう。
「岩崎親分」
関口に声をかけられた岩崎は顔を上げ、誰だったかというように太い眉を微かにひそめる。
「ご無沙汰しております。関口です」
「おお、関口さんか」
岩崎はようやく思い出した風に、にこやかな表情で頷く。
「この年になるとどうも物忘れが酷くなってね。いや、申し訳ない」
「とんでもありません」
「あんたも呼ばれていたんかいな。そう言えばあんたのところは南原組や熊沢一家と同じで、森田さんの同業やったな」
「同業っていっても、今日のショーを見たらすっかり差を付けられたのがわかっちまいましたよ」
「そりゃああんたのところだけじゃない。あんな上玉をどうやって揃えたのか。それだけは何度聞いても教えてくれないんや」
岩崎はそう言うと、時造と顔を見合わせて笑う。
「ところで、そちらの人は」
「申し遅れました。親分にご紹介したいと思ってお連れしました。和洋産業の岡田社長と、その秘書の町子さんです」
関口に紹介された岡田が一歩進み出ると名刺を取り出し、岩崎に差し出す。
「岡田です。どうぞお見知りおきをお願いいたします」
「こりゃご丁寧に」
岩崎もまた懐から名刺入れを取り出し、一枚抜き出すと岡田に手渡す。
町子とも名刺交換をした岩崎は傍らの時造をちらと見て「これは弟の時造です。しばらく旅に出てたせいで、世間のことに疎いところがありますが、よろしくお願いします」と岡田たちに紹介する。
時造は無表情のまま岡田と町子に軽く頭を下げる。岩崎以上に凄みのある面構えに内心戦きながら、町子は頭を下げる。
「和洋産業って言うと、何のご商売でっか」
岩崎が慇懃な口調で尋ねると岡田は「はい、ブルーフィルムやポルノ写真の製作全般の請負や、輸出入を含む販売です」と答える。
「製作ってことは、自分たちで女優も調達するんでっか」
岩崎は神戸に本拠を構えるせいか、商売の話になると柔らかな関西弁になり、声だけ聞いているととても恐ろしいやくざの親分とは思えないと町子は感じている。
「はい、今まではもっぱら洋物の輸入が中心だったのですが、最近専属の女優が入荷しまして、伊豆にスタジオも構えて本格的に制作に乗り出したところです。とは言っても女優の数は二人だけですから森田組さんにはとても数では及びませんが。質では決して見劣りがしないのが自慢です」

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