第27話 深夜の秘密ショー(1)

それから5日が経過した。
香織が店の灯を入れてから3時間ほどたったころ、40歳前後のサラリーマン風の男が現れた。
「いらっしゃいませ」
男はカウンターの中の香織をちらと見たあと、きょろきょろと落ちつかない様子で店内を見回す。
店内にはボックス席に男ばかりが3組ほど座り、水割りを飲みながらボソボソと小声で話をしている。
「お客さん、始めてね。どなたかお探し?」
「いや……」
男は軽く首を振って、カウンターに座る。香織はおしぼりを渡しながら男の様子をさりげなく観察する。
「何にしましょう」
「あ……そうだな。ビールをもらおうか」
「かしこまりました」
香織が男の前にコースターとグラスをセットし、冷えたビールを注ぐ。
「どうぞ」
「ありがとう」
男はグラスのビールをうまそうに呑む。
「私も少しいただいていいかしら」
「あ、もちろん」
男が頷くと、香織はもう一本ビールを取り出して自分のグラスに注ぐと、ぐいと半分ほど飲む。
「この店はママひとりだけかい?」
男が香織を上目使いで見ながら尋ねる。
「いいえ、もう一人いるわよ」
香織はカウンターにグラスを置くと男に目を向ける。男のスーツや腕時計は高級なブランド物だが、あまり似合っているとはいえない。ちらと手元に目をやり、左手の薬指に指輪がはまっていることを確認する。
「お客さんも彩香ちゃんがお目当て?」
「彩香ちゃん?」
「もう一人の女の子よ」
香織は艶然とした笑みを男に向ける。
「しばらく前までこの店は、男のバーテンと私の2人でやっていたの。だけどそのバーテンが体調を崩してしまって……困っていたら彩香ちゃんって女の子が手伝ってくれることになったのよ」
「へえ……」
「実はね……」
香織は男の耳元に口を寄せる。
「女の子っていっても人妻なのよ。でも、お客さんも見たらわかると思うけれど、可愛らしい感じでとても人気があるわ」
「今日はまだ来ていないのかい」
「今日は少し遅れるみたいね……でも、もうそろそろ現れると思うんだけど」
その時、男のスーツの内側がブルブルと振動した。
「失礼」
男はポケットから携帯電話を取り出し、ボタンを押す。通話先名が、男の携帯電話の画面に一瞬表示される。
「もしもし……ああ……うん……いや……まだだ……今は電話は……後で連絡するよ」
男が電話を切ったとき店の扉が開き、白いコートを着た女が現れた。
「遅くなってすみません」
女はどことなくおどおどした様子で店内を見回し、ボックス席に目をやると一瞬さっと顔を曇らせる。
「待ってたで、彩香ちゃん」
ボックス席にすわっていた男の一人が野太い声を上げる。
「こっち、こっち」
同じ席の、サラリーマン風だがどことなく崩れた感じの男が手招きする。
「は、はい……ちょっと待っててください」
彩香と呼ばれた女は気弱な目で香織の方をちらと見るが、香織は「早くしなさい、彩香ちゃん。皆さん、お待ち兼ねよ」と素っ気なく言う。
彩香は諦めたような表情を見せると、コートを脱いだ。鮮やかな真紅のワンピース姿になった彩香に、カウンターの男は思わず目を見張った。
彩香のワンピースはサイドが完全にオープンになっており、白い肌がすっかり露出している。女がその下に一切の下着を着けていないことがはっきりと分かった。店中の客の視線が彩香に集中する。彩香は恥ずかしげに俯きながら、先ほど声をかけられた2人の男のボックス席に坐った。
「お客さん、お名前は?」
「えっ」
吸い込まれるように彩香という女を見つめていた男は、いきなり香織がから声をかけられて、びっくりしたように振り向く。
「何ていうお名前か、聞かせていただいていいかしら?」
「お……小川だけど」
「そう、小川さんね。小川さんは彩香ちゃんがお目当てじゃなかったの?」
「い、いや……」
小川と名乗った男は口籠もる。
「誰かから彩香ちゃんの噂を聞いて、うちにきたんじゃないのね?」
「ぜ、全然知らないよ。こんな娘がいるなんて」
男はあわてたようにそう言うと、グラスのビールを飲み干す。香織がお代わりを注ごうとすると、男は「失礼、手洗いを借りるよ」といって席を立った。
香織はカウンターの下にあるミニコンポの横の小型のチューナーのような機械にマイクロヘッドフォンを挿し、耳に当てる。するとトイレの中で小川が携帯電話で会話する声が明瞭に聞こえてきた。
(……それじゃあ、やっぱりしのぶさんがその店で働いているのね?)
「ここでは彩香って名前で呼ばれているけど、たぶん彼女が裕子が言っていた加藤さんの奥さんだよ。顔立ちも、身体つきも裕子が言っていたとおりだし。随分化粧が濃いし、衣装も……派手だからちょっとそんな年齢には見えないけれど……」
(派手な衣装って、どんなものなの?)
「その、なんていうか……露出的っていうのか、びっくりするような衣装だよ。とても普通のスナックの女の子が着るようなものじゃない」
(普通じゃないって? どういうことなの)
「それはちょっと……電話でそこまで説明できないよ」
(どんな様子なの? 無理やりさせられているみたい?」
「それはまだちょっと分からないな……。あまり長く席を外すと不自然だから、いったん切るよ」
(あ、あなた……もしもし)
便器に水を流す音がしたので、香織は耳からヘッドフォンを外した。そしてカウンターの下から小さな紙包みを取り出すと、透明に近い白の粉薬をグラスの中に空けた。薬はグラスの底に少し残ったビールに混じり、見た目ではほとんどわからなくなる。
香織は粉薬を包んでいた紙に素早く何事かメモをした。
「どうぞ」
トイレから戻った小川に香織は熱いお絞りを差し出す。小川は「あ、ありがとう」といって手を拭い、ついでに顔を軽く拭いた。

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