第90話 3匹の牝馬(3)

朽木にとって生身の女は手の届かない存在であり、まして貴美子のようなプロポーション抜群の若い女が、マイクロビキニのみを身につけた半裸に手を触れることが出来るというのは、夢のようなことと言っても過言ではない。
朽木は目をとろんとさせて、だらしなく開いた口から涎をたらさんばかりの表情で貴美子に近づいてくる。生理的な嫌悪感を覚えた貴美子は思わず「嫌っ」と声を上げるが、それは相変わらずドナルドダックのような間の抜けた声で、男たちの失笑を買うばかりである。
「愚図愚図しているとギャラリーが増えるばかりだよ。いいのかい」
香織が貴美子に近寄り、冷たい声で叱咤する。貴美子は香織の言葉にあたりを見回す。確かにコンビニの近くに集合している脇坂たちばかりでなく、遠巻きにこちらを眺めている男たちの集団が何組もいるのに気づいた貴美子は愕然とする。男たちの多くはジョギングウェア姿だが、中にはビデオカメラや望遠レンズのついたカメラをあからさまにこちらに向けているものたちもいる。
(こんな……こんな格好で走るのが私だと分かったら、もうこの街では暮らして行けないわ)
早朝の街をマイクロビキニと全頭マスクのみの半裸でジョギングする若い変態女の噂はたちまち街中に広がり、それは貴美子が通う大学や空手道場にも波及することだろう。なんとしてもそれが自分だと知れる訳には行かない。そのためにはヘリウムガスのせいで声が潰れている今のうちにジョギングを終わらせてしまうことだ。
貴美子は死んだ気になって朽木に手を取らせる。男たちのリーダー格となっている脇坂の号令で、ストレッチが開始される。裕子と脇坂、しのぶと赤沢、そして貴美子と朽木が組になり、一、二、一、二という掛け声に合わせて太腿、足、両手を伸ばしていく。ことさらに身体を密着させてくる朽木にたまらない嫌悪感を覚えながらも、貴美子は黙々とストレッチを続けるのだ。
長いストレッチは終了し、空手の稽古でトレーニング慣れしている貴美子の肌にはうっすらと汗が浮かび、湿ったマイクロビキニは身体にぴったりと張り付き、尖った乳首の形まで露にしているのだ。

やがてジョギングが開始される。しのぶ、裕子、貴美子の順で走りだした3人の美女を取り囲むように脇坂の仲間たちが走り、その周囲、また前後を便乗組の男たちが走る。
それは特定集団の参加者の密度だけならちょっとした市民マラソンのような壮観さであった。違っているのは集団の中央を走るのが奇妙な全頭マスクとマイクロビキニを身につけた3人の半裸の女であるということと、彼女たちを伴走する格好の男たちの、ジョギングパンツの股間が一様に盛り上がっていることである。
貴美子は火のような羞恥に身体が徐々に炙られていく感覚に悩まされながら、ひたすら走ることに集中しようとしている。その感覚の根源は貴美子の肌を突き刺すような男たちの欲情に満ちた視線であることを、貴美子は十分認識していたのだ。
前を走る男たちから「ユウコ1号」と呼ばれている女性の後ろ姿に貴美子は目を向ける。ユウコ1号はいかにもジョギングに慣れたフォームで快調に走っている。鍛えられた背筋と引き締まった脚部が目につくが、それ以上に貴美子の目を奪うのが妖しいまでに盛り上がった官能的なヒップである。プリプリと揺れる臀筋はユーモラスな反面エロチックで、女である貴美子でさえ目を奪われるほどだ。ジョギングをしているうちにマイクロビキニの布地は臀肉の間にしっかりと食い込み「ユウコ1号」の後ろ姿はもはや素っ裸同然といってよい。
(私の後ろ姿もあんな風に見えているんだわ……)
貴美子は不安に襲われて背後を振り返る。驚くほど多くの男たちがまるで金魚の糞のようにぞろぞろと後ろに連なっているのを見た貴美子は仰天する。
(ああ……いったいどんなふうに思われているだろう)
先程男たちの前で行った恥辱に満ちた自己紹介、全頭マスクにマイクロビキニという露出症のようなスタイル、いかにも自分の正体を隠していると言わんばかりのガラガラ声、すべてが貴美子という存在がまともな娘ではないことの証しのようである。
いつしか貴美子は、ふわふわと雲の上を走っているような気分になっている。一昨日、昨日と徹夜同然で龍から施された鍼やマッサージを使った性的調教による疲労のせいか、それともその調教で貴美子の身体に想像もしないような変化が起きたためかはわからない。
ただ、奥の方から込み上げてくる熱がじわじわと身体全体を覆っていき、肌に突き刺さるような男たちの視線が痛みだけではなくある種の快感となって、貴美子をどこか遠くへとつれ去って行くような錯覚に陥るのだ。
「あっ、はあっ……」
貴美子は無意識のうちにため息に似た喘ぎ声を出している。それはいつしかヘリウムガスの影響によるガラガラ声ではなく、本来の女らしい甘い声になっていることに貴美子はまだ気が付いていない。
黒い全頭マスクをした3人の半裸の女と、それを取り囲むようにしている多くの男たちが早朝のAニュータウンを駈け抜けていく。早朝の街を散歩する老人、朝帰りのサラリーマンや学生といった通行人が、まるでマラソンの中継でランナーに釣られて走りだすやじ馬たちのように群れに加わって行く。
もちろんしのぶと裕子がスポーツ用のサングラスと水着というスタイルで、脇坂や赤沢たち数人に囲まれてジョギングしていた時も、彼らのうち何人かはその光景を目撃している。しかしその時は彼らは驚きこそしたもののあえて群れに加わろうとはしなかった。
今回は半裸の女が2人から3人に増えていること、女達が身につけている全頭マスクが見るからに異様な印象を与えたこと、そして何よりも伴走者の数がこれまでとは一桁違うといってよいほど多いことなどの要素が一体となって、磁石のように新たな参加者を呼び寄せているのだ。
貴美子の真後ろを走っている朽木は、まさに夢見心地という言葉がふさわしい思いである。ピチピチした若い女が裸同然の格好で、尻を左右に振りながら朽木のすぐ前を駆けていく。40を過ぎたというのに「おたく」というのがふさわしい不健康な生活を送っており、ジョギングなど縁がなかった朽木だったが、こんな素晴らしい思いができるなら心臓が止まるまで走っても良いとまで思うのだ。
「ああっ、もうっ……」
貴美子は小さな叫び声を上げ、もどかしげに腰をくねらせる。身体はますます熱い。顔は汗に蒸れてラテックス製のマスクがベットリと張り付くようである。
貴美子は気づいていなかったが、龍によって口の中に噴射されたガスの中には、微量の媚薬が含まれていた。鍼とマッサージで散々開発された肉体に媚薬の効果は想定以上に現れ、貴美子は明らかな性的興奮を示しているのだ。貴美子の股間に食い込むビキニの布地をしとどに濡らしているのは決して汗だけではなかった。
腰をくねらせながら前を走る裕子にまるでリズムを同調させるように、貴美子は形の良い尻を左右にくねらせている。それは被虐と露出のスパイスがたっぷりふりかけられた快感はさらなる快感を呼び、次第に貴美子を遥かな高みへと誘って行くのだった。

ようやく3人はジョギングの終着点である東公園に到着する。何か眼に見えない力に引っ張られるように露出ジョギングをやり遂げたものの、3人はもはや体力の限界といったところで立っているのもやっとという状況だった。
土曜、日曜と苛酷な調教を受けていたのは貴美子だけではない。しのぶと裕子もこの3日間、ソープランドで一日18時間半という非人間的な労働を強いられた上、最終日は延長という名目で黒田と飯島によってラブホテルに連れ出され、朝まで延々となぶり抜かれたのだ。
「ちょっとこっちに来なさい、ユウコ2号」
龍の運転する車で一足先に東公園に着いていた香織が貴美子を呼ぶ。ふらふらと近寄る貴美子のマスクの下顎の辺りをぐいと掴んだ香織は、ラテックスの生地をいきなり三分の一ほどまで引き上げる。

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