179.静子夫人の絶望(3)

「どうも、このままじゃ埒があかねえや。せっかく静子夫人がやって来たんだから調教をつけてもらおうじゃねえか」
森田はそう言うと奉仕を続けている女を荒々しく突き飛ばして立ち上がる。尻餅をついて痛みにうっと顔をしかめた女の横顔を見た静子夫人は「あっ」と声を上げる。
「きっ、絹代様っ……」
思わずそう叫びそうになった静子夫人は慌てて口をつぐんだが、続いて田代に突き飛ばされた夏子という女の顔を見て再び驚愕に目を見開く。
(美紀さん……いったいどうして)
田代屋敷に入荷した新しい奴隷というのがまさか村瀬宝石店の社長夫人で小夜子と文夫の母親の美紀と、千原流華道家元夫人で美沙江の母親の絹代だったとは。静子夫人は激しい驚きに頭がすっかり混乱しているのだ。
「銀子さんっ、これはいったい、どういうことなのっ」
静子夫人のひきつった悲鳴を耳にした美紀と絹代は振り向くと、わっと声を上げて泣き出す。
「しっ、静子さんっ」
「静子様っ」
激しく号泣する美紀と絹代、そしてそんな二人におろおろとした顔を向けている静子夫人を、銀子はさも楽しげに見つめている。
「とんだ愁嘆場ね」
銀子はそう言って苦笑すると静子夫人に近寄り、「さあ、このお二人が奥様に調教をつけてほしい新入り奴隷よ。明後日開かれる岩崎親分の歓迎会でお披露目をすることになっているから、急いで色々な芸当を仕込んでほしいのよ。この屋敷ではベテランの奥様だから頼めることなのよ」と言い放つ。
「銀子さん、あなたたちはとんでもないことをしているのよっ。この二人がいったい誰だか分かっているのですかっ」
「もちろんわかっているわよ。村瀬宝石店の社長夫人と、千原流華道の家元夫人でしょう?」
銀子は開き直ったようにそう答える。
「言っておくけど最初に夏子と冬子という偽名を使ってこの屋敷の中に潜り込み、私達を陥れようとしたのはこの二人なのよ。私たちがそれに対抗したのは正当防衛に過ぎないわ」
「何ですって……」
「ここにいる美紀夫人と絹代夫人、そして山崎探偵の妹の久美子が囮捜査を試みたのよ。もちろん全体の絵を描いたのは山崎探偵だけどね」
朱美がそう口を挟む。
「山崎は失敗続きですっかりやる気を失っていたんだけど、この二人が発破をかけたせいでもう一度捜査に乗り出そうって気になったらしいわ。まったく余計なことをしてくれたもんだわ」
銀子がうんざりしたような口調でそう言うと、朱美が「そのおかげで新しい奴隷が五人も入荷することになったんじゃない」と言う。
「それはその通りだわ」
銀子と朱美がそう笑い合っているのを聞いた静子夫人の表情がさらに曇る。
「五人って……いったい誰のことですか?」
「ここにいる美紀夫人と絹代夫人、それに山崎の妹の久美子、ここまではわかるわね?」
銀子の問いに静子は震えながら頷く。
「もう一人は山崎探偵本人よ」
銀子のその言葉を聞いた静子夫人は思わずあっと声を上げそうになる。
静子夫人の義理の兄の友人である山崎は、静子夫人が日本橋の三越前で誘拐された際には痛恨のミスを犯し、その後助手の京子まで森田組に捕らえられるなど今回の一連の事件においては良いところがなかった。
しかしながら山崎は元来、その若さにもかかわらず有能で知られた探偵であり、いつかは森田組に捕らわれた女たちを救い出してくれるのではないかと静子夫人も淡い期待を抱いていたのである。
夫のある身でありながら名前も知らぬ男の子を孕まされた自分はもはや日のあたる場所に出ようとは思わないが、小夜子や美津子、美沙江たちは人生を諦めるにはあまりにも若すぎる。せめて彼女たちだけでもいつかはこの地獄屋敷から救いたい――それが静子夫人の切なる願いだったのである。
その希望の綱であった山崎探偵と妹まで悪鬼たちの手に落ちたとは――。あまりのことに静子夫人は言葉を失うのだった。
激しい衝撃に呆然としている静子夫人を朱美はおかしそうに見ながら「それで、五人目の新入り奴隷なんだけど……」と口を開こうとするのを、銀子が「お待ちよ、朱美」と止める。
「どうしたんだい、銀子姐さん。金髪女のことを教えて上げないと」
「静子夫人は美紀夫人や絹代夫人、それに山崎のことだけであんなにショックを受けているんだ。ここで親友のダミヤまでこっちの手に落ちたことを知ったら、頭がおかしくなっちまうかも知れないよ。そうすると二人の調教どころじゃなくなるし、せっかくの腹の子にも障るってもんだ」
「なるほど、そうなると千代夫人も黙っていないよね」
銀子の言葉に朱美は頷く。
「それに、こういうのは小出しにしてやった方が後の楽しみがあるってもんだ」
銀子はそう言うとニヤリと笑い、静子夫人の方を向き直る。
「さあ、いつまでぼんやりしているんだい。さっさとお二人を調教しないか」
「い、嫌っ。出来ませんっ」
銀子の言葉に静子夫人は引きつった顔を左右に振る。その瞬間銀子の平手打ちが静子夫人の頬に飛ぶ。
「あっ」
バランスを失って静子夫人は床に膝を突く。美紀が思わず「静子様っ」と声をかける。
「おいおい、銀子。乱暴は駄目じゃないか。奥様は妊娠しているんだぞ」
森田が笑いながら銀子をたしなめると銀子は「いけない、ついいつもの癖が出ちゃったよ」と頭をかく。
そんな森田と銀子の会話に静子夫人は顔を引きつらせる。
「なんて顔をしているんだい。この二人は奥様のお腹の中に子供がいることはとっくにご存じだよ」
朱美がそう言って楽しそうに笑う。
「それだけじゃないよ。二人には奥様がジョニーと尻の穴でつながり合って、気をやるところまで見られているんだ。いまさら気取っても仕方がないよ」
朱美が追い打ちをかけるようにそう言うと、静子夫人は肩を震わせて嗚咽を始める。
そんな静子夫人の哀切に満ちた表情を、田代と森田はうっとりとした顔で眺めている。
「何を小娘みたいに泣いているんだい。恥ずかしがるような柄じゃないだろう。さっさと調教を始めるんだよ」
銀子はそう言うと静子夫人の肩を、足の裏で押すようにする。その間に朱美が棚から男根を形取った奇妙な張り型を二本取り出してくる。
睾丸もついており、筋までくっきりと浮き立たせたそれを目にした銀子は「こいつは凄いや。本物そっくりだね」と感嘆の声を上げる。
「それもその筈だよ。なんでも鬼源さんがその道の職人に、文夫のあれを石膏で型を取って作らせたものらしいからね」
「何だって? ちょっと良く見せてよ」
銀子は朱美から張り型を一本受け取るとしげしげと眺める。
「確かにこれは見覚えがあるわ」
銀子はそう言うと朱美と顔を見合わせてぷっと吹き出し、次に美紀夫人の側につかつかと歩み寄り、手にしたものを目の前に押し付けるようにする。
「どうだい、村瀬宝石店の奥様。昨日見たあなたの息子のものにそっくりだとは思わない?」
猛々しいばかりに反り返った張り型を目にした美紀夫人は、まるで愛する息子のそれが切り落とされ、剥製にされたような錯覚を抱き、あまりの恐怖に豊満な裸身をぶるっと震わせる。
「その張り型は試作品だが、出来が良けりゃあ量産して秘密写真と同じルートで売りさばくつもりだ」

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